taggaの日記: 二文化・二言語教育への反動?
どの手話かという問題ではなく、先進国ではふつうになったバイリンガル・デフ教育(日本手話+文字言語としての日本語)を潰して、多数派の社会への統合を目的にした以前からの教育(日本語対応手話⇒日本語)に戻そうとした話にみえる。
- 平良孝陽. 2018-03-27. 手話の教育方針めぐり、ろう学校に波紋 保護者ら困惑. apital. https://digital.asahi.com/articles/ASL3N5DS4L3NUBQU00Y.html
- 同じ記事 2018-03-20 『朝日新聞』https://digital.asahi.com/articles/ASL2M6TTCL2MUTNB022.html
日本手話は自然言語。 口話法で日本語を教えこもうとする、ろう学校とそのネットワークが デフ・コミュニティを作り、 逆接的なのだが、そこで自然に発生したもの。 日本語と文法が全く異なる。 デフの人たちの第一言語。 同系の言語は、韓国手話、台湾手話。なお、中国手話とは系統関係がない。
日本語対応手話は接触言語。 実は多様で、 一方の端には、日本手話を不完全に覚えた日本語話者がいて、 もう一方の端には、日本語文法で「改善」した手話と信じる人たちがいる。 雑に譬えるとルー語。
譬え話を続ける。
英語が母語の子どもを日本で育てるのに、 幼稚園は英語でのびのびと育てて、言語能力の基礎力を高める。 小学校から英語を利用して書きことばの日本語を教えよう。 そういう方針だった。
ところが、話しことばの日本語こそ大事という校長が着任。 母語の英語のせいで日本語が下手なのだとして、 英語ペラペラの先生をとばす。 かわりにルー語の先生、日本語だけの先生を呼ぶ。 子どもパニック。 コミュニケーションが取れないので日本語も覚えられるの、これ? って状態。
デフの人たちのニーズを考えると、 マイノリティ言語である日本手話と、 マジョリティとやりとりする文字言語としての日本語は、必須のはず。 音声言語としての日本語は使えれば得かもしれないけど、 学習時間には限界がある。
ところが、言語教育での主要説に反して、 複数の言語は脳のリソースを取り合う、 マジョリティに「同化」させてあげることが「正義」と考える人たちは、 教育現場に根強くいる。 この人たちは善人で、もちろん善意で主張して、実践している。 それに権力もある。
主要説が必ずしも正しいとは限らないので、 保護者の了承をとった上で変えるのは選択肢としてあるとは思うけど、 とらずに変えるのはどうかと思う。 国内ではバイリンガル・デフ教育ができる教育機関が少なく、 移るのが難しいので。
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