takanoの日記: ShoutCastのCDは
ダメだとあっさり気がついた。
XMMSのメニュー見てたら、MP3プラグインの設定項目に「ストリームをディスクへ保存」なんてオプションがあった。これでえんえんとダウンロードしておけば、あとはいくらでも楽しめてしまう。
これでは商売にならん。ダメじゃん。逝ってヨシ<自分
昨日、今日と、久々に/.jで毒吐いてみた。2~3本吐いてみて「慣れ合いにならない」というのと「毒を吐く」というのは違うや、とか思った:-)<あたりまえ
「なぁなぁ になってしまっている」というOliverのコメントに踊らされるあたり、俺もまだまだヌルい。
毒吐いてれば自分も例外無く打たれる。ネットの毒吐きって、自分が打たれたときに脆い輩も多くって、これは自分も例外ではない。
打たれるのはヤだから丁寧な言葉遣いで仲良く、というのは、円滑なコミニュケーションをすすめる上では大事なファクターだ。とくに自分の場合「議論のための議論」みたいな悠長なことは好まないので、毒吐いた結果そんなのに巻き込まれるのは御免だ。とっとと退散、オサラバである。
日本人はディベート慣れしてないと言われる。これは一般的には「出る杭は打たれる」とか「村社会」とか言われる慣れ合い主義のせいだと言われているが、実はそうじゃないんじゃないかと最近思い始めた。
そうじゃなくって単に「拳の引っ込め方を知らない」んじゃないかと。
これが日本人の民族性とは思いたくない。「水に流す」とか「喧嘩両成敗」なんて言葉もあるくらいだし、日本刀っつー武器を長年愛用してきた民族が拳の引っ込め方を知らないとは考えづらい。だとすると「ことなかれ主義」みたいな考え方が染み着いちゃったのは戦後だな、たぶん。
で、普段そうやって逃げているぶん、いっかい拳を交えると、あとは相手が引くまで引けない。これは泥沼パターンで、不毛な殺し合いの典型的パターンだ。
刀ってのは、人を斬るためだけにあるんじゃない。2~3回剣を交えて、お互いの腕を確かめ合い、尊重し合って鞘に収める。あとはギャラリーが煽ろうが騒ごうがお構い無し。騒ぎたいヤツは勝手に騒げ。
…ってのが可能ならば、いくらでも毒吐いて見せるんだが。
うーむ、うまくまとまらんが、とにかくだ。
日本で論客が育つにゃ、侍魂(これではない(苦笑))が必要なんじゃないかと思った訳なのだよ。