tarosukeの日記: 日本式国語教育の中身 3
日記 by
tarosuke
http://srad.jp/comments.pl?sid=562172&cid=2113029の続きみたいなもん。
日本の学校教育で良い文章とされているのは「状況を説明することに終始することで、読者に考えさせる文章」だろうな。これを読むには説明されている状況に没入して読者がその状況で自分なら...と考えて自ら結論を出す必要がある。そもそもが結論を伝えることが目的ではないのだから結論は必ずしも必要ではないし、そもそも主観で構成された状況をどう感じるのかを読者に問うているのだから根拠も必要ない。
例えば俳句はほぼ状況説明に終始している。というか状況を体言止めで説明しているだけなものが多い。作者は必要最小限の情報を選択し、それを聞いたものはその状況を感じる。これは前段の「日本の学校教育で良い文章とされているもの」とまったく同じ構図なのだ。
ま、それで何か決断しなきゃならないような、例えばビジネス文書みたいな用途には激しく向かないがしかし、教育するなら両方をそれらが向いている場面の区別と共に教育すべきである。
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たった一行の文さえ読めないアレな人が現れたみたいだw
春休み?
考えさせる文章とやら (スコア:2)
そういうのは中身が無い糞だし、少し見ただけで分かるから読むのを止める。
状況説明にすらなっていないしね。
Re:考えさせる文章とやら (スコア:1)
報告書のような小説はあまり読みたくなるようなものではないし、小説のような報告書も困る。
日本の国語教育で評価されるのは小説のような文章だし、米国では報告書の書き方を教えてる。
用途が違う。
そんだけの話なんだが、双方ともそれがベストでありいつでもどこでもそうあるべきだと思っちゃってるのがそもそもの間違いなのさ。
付け加えるなら日本の国語教育では何も教えてない。読ませて書かせて評価するだけ。
俺はそっちの方がよっぽど問題だと思うけどね。
Re:考えさせる文章とやら (スコア:2)
日本の国語教育ではロクに教えず、児童は小説の真似事をしがちなり、真似ないモノよりも上手く真似したモノの方がマシだから良い評価を与える。
...という事かもね。
文章以外には、絵も近い感じがする。
見たまま描く写真的な絵か、漫画の模倣ばかりなんだよね。
専門の教員が居ないから。