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teltelの日記: びけもといbike. 1

日記 by teltel

たまたまSS1 氏の日記 を読んでいて。

武術とバイクのライディングとの関係は興味深い話題である。
なにかしら参加しようとも思ったがちょっと前の日記だし、
深遠な話題にはへっぽこかつ125ccライダーの私、
古武術歴1週間の私なんぞが参加できる訳もなく。
(DUCATI に乗りたいーーーー)

で、遠くからコメントを。
バイクのロール軸からの妄想。
ロール軸が、"後輪の接地面と重心を通る軸にある"、
というのはバイク乗りの感覚的には解りやすい。
特に最近リア加重で曲がってばっかな私には。
コーナリング時に、後輪と重心を意識しながら曲がると、
なんとなく体を内側にいれて、前輪を外に流すような感覚があるので、
軸が"~" のようにあるとも考えられる。
しかし、力学的な実際にはバイクのロール"軸"は前後輪の接地面である。
ライディングの説明と物理的状態が離れているところに
"気づき"が関係しているのではないか、などと考えた。

武術にも同じことがいえる。
体さばき、足さばきなど分解していっていちいち説明は可能である。
しかし、いちいちそれらを説明していっては、
膨大な量の情報を伝達しなくてはいけない。
そこで、型が産まれる。
型は、抽出し凝集された情報であり"気づき"の産物である。
例えば太極拳の一連の動きのなかには一通りの動作が全て含まれている。
一方で型は利用者にも気づきを要求する。
型は雛型であって、実際ではないからである。

ライディングにもどると、現在のライディング技術は武道ほどには
体系づけられていない。
そもそも武術でいう得物が、短いスパンで変わってしまうからというのもある。
ライディングの型なんてものがそのうちできたりもするんだろうなあ、
だどと妄想を膨らませてみて、とりあえずおわり。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • >体さばき、足さばきなど分解していっていちいち説明は可能である。
    >しかし、いちいちそれらを説明していっては、
    >膨大な量の情報を伝達しなくてはいけない。
    >そこで、型が産まれる。
    >型は、抽出し凝集された情報であり"気づき"の産物である。
    >例えば太極拳の一連の動きのなかには一通りの動作が全て含まれている。
    >一方で型は利用者にも気づきを要求する。
    >型は雛型であって、実際ではないからである。

    発見してしまったのでSS1さんとのJournal Discussionにもリンクしておきました。
    で、「型は雛型であって、実際ではない」というのは正しいです。
    そして、型だけではダメなんですよね。
    型は最終形の一つに過ぎないので、技の原理原則を理解しておく必要があるのです。
    そのために「膨大な量の情報」を口訣で伝達するわけです。
    たとえば「古武術とオートバイ…(2)」で話題に上がった
    足の捻り込みによるタメなんて、聞けば「なんだ、そんな簡単なことか」と思うことであるけれど、
    その趣旨を聞かなくては気付くことすらできません。
    「拳は口から」という言葉はそういう意味なのです。
    その原理、用法を理解していないと型だけでは使い物にならないのです。
    逆に理解していれば、型にとらわれる必要はなくなってきます。

    >そもそも武術でいう得物が、短いスパンで変わってしまうからというのもある。

    武術でも技の型の改変、用法変化はよくあることです。
    しかし、大元の原理、用法を理解してさえいれば、
    技の改変があったとしてもその趣旨を理解できるわけです。

    # バイクのライディングは判らないのでパス。
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