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tobiyanの日記: またしても声をかけられズー 6

日記 by tobiyan

たいした年月じゃないし、たいした人生でもないが、この年になると
いろんな感情にたいする想像力がつく。
自分の体験じゃなくても、友人やアカの他人に対して同情し、励まし
たりしたくなる。

だけど、うまく表現できない。下手すれば単なる同情になり、相手を
慰めたり励ますどころか、奈落の底に突き落とすことになりかねない。
一生懸命伝えようと努力すれば良いのかもしれないが、かえってドロ
沼になることを恐れてしまう。

おそらく私が声をかけなくても、本人は自力で立ち上がれる。人間は
モロくない(と思う)。

自分がダメなとき自分はどうされたいだろうか?

余裕がないときはどんな言葉も刃物に感じてしまうのではないか?

励ますってどうすりゃいいんだ?
ガンバレだけじゃないよな。
ボーっとしたら?とか、ひたすらイヤになるまで悩んじゃえよ。とか。
気を紛らわしてみれば?とか。
いつか幸せになれるとイイネって胡散臭くない?
幸せになって下さい。なんで俺に言われなきゃならんのだ?
静かなときが早く訪れるといいですね。静かなときってなんだよ。

なんかさー。幸せってどうよ?どういうイメージ?
オイラは誰かと一緒じゃなきゃ幸せになれないとは思わないのね。
だけど、なんか「幸せになってね」的発言ってなんかイヤラシくない?
俺が既成概念にとらわれているのかナー?なんか自分や自分の周りに
プラスのオプションをもってして「幸せ」と定義して「幸せになって
ね」と言っているような気がして胡散臭いんだよなー。
一人の生活でナニもなく、穏やかに過ごすことも幸せだと思うんだけ
ど。

まー、久々にまとまらないままにフェードアウトなのダガー

--Sean Lennonのinto the sunでなぜショーンはこないのですか?もっとブレイクしてもおかしくないと思うのダガー--

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物事のやり方は一つではない -- Perlな人

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