torlyの日記: 雪繊維 2
日記 by
torly
ビデオゲームと暴力
2014年。暴力的、あるいは向社会的なテレビゲームによる影響はそれぞれあるし、短期的にも長期的にも確認できるというメタアナリシス。気になる関連論文を漁ると脇道にそれてどんどんsexism関連の論文の山に入りこんでしまったが、一方ゲームのは最新がレゴの暴力性(2016)…もう暴力ゲームはプレイヤーを暴力的にするってことで決まりなのか。
2014年。暴力的、あるいは向社会的なテレビゲームによる影響はそれぞれあるし、短期的にも長期的にも確認できるというメタアナリシス。気になる関連論文を漁ると脇道にそれてどんどんsexism関連の論文の山に入りこんでしまったが、一方ゲームのは最新がレゴの暴力性(2016)…もう暴力ゲームはプレイヤーを暴力的にするってことで決まりなのか。
非社会的な性向ゆえ「向社会的」の語彙は初見 (スコア:1)
「向精神薬」みたいなヘンな効能を齎すしろものかとギョッとしました。
でもリンク先をチラ見すれば"prosocial"というさほど誤解につながらない語彙
であるし、「向社会的」の語彙だって多数ヒットしておおむね温和で妥当なそれ。
無知は時には妄想の源泉と再確認できたア・スライス・オブ・ライフでした。
詭弁 (スコア:0)
暴力ゲームが人を暴力的にするって
元々温厚な人(自身の暴力性に無自覚な人)の暴力性が引き出されるのか、
粗野な人(自身の暴力性に自覚がある人)のさらなる暴力性が引き出されるのか、
その両方なのかどっちなんだろ。
後者が起こりうるなら際限なく人を暴力的にするって結論になりかねないけど、
前者だけなら、自身の暴力性に無自覚な人が自覚できたとポジティブに捉える事も、
ある一定のライン以上の暴力性は引き出されにくいと考える事も出来るんじゃないかな。
さらに、後者の人または前者の暴力性を引き出された人の多くが、
仮に暴力ゲームによって暴力性が発散されるなら、
現実に及ぼされる影響って大きな物じゃないんじゃないだろうか。