tristanの日記: 落ち込んでいるわけ
ここ数日、特に、今日は落ち込んでいる。
友人に、「落ち込むようなことは何もないじゃないか」と言われた。
その場では反論ができなかったので、考えてみた。
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偉大なものを、偉大であると認識できる人がなんと少ないことか。
僕は、これまでその苦しみを乗り越えられなかった。
苦しみに負けたというところまではいかないが、戦うことをせず、
偉大さを認識できたという仕事だけで満足してしまっていたのだ。
偉大なものを、「偉大だ、偉大だ」と繰り返し考えることで、
偉大なものの周りに壁を作ってしまう結果になっていたのだ。
しかし、ごくごく一部の人たちは、同じような苦しみに耐え、
偉大なものを偉大だと信じる自分自身の精神が、
正しいと信ずるものを守りとおし、全身の力を持って
生み出せる限り最上のものを生み出そうとしていたのである。
正しいと思うことを信じるきること、偉大なものを生み出す源泉は
まさにこのことに尽きるのである。
今まで、僕にとって、偉大なものを生み出すのは、神秘的なものであった。
茫洋として、手に余るものであった。
それが解決したのは、大きな成長であると思う。
新しい認識を得たことで、偉大なものを、明確で具体的なものとして、
全体を一挙に把握できるという感触を得られるようになった。
それは、偉大なものと自分自身の間にあった壁がなくなり、
長い距離ではあるが、地続きであると感じられるようになったことでもある。
しかし、自分の中の偶像が崩れ落ち、偉大なものが自分の手の内で
把握できるようになった瞬間、その神秘性が消え去ったのは大きなショックであった。
また、自分の犯していた間違いの大きさに愕然とした。
外面的な理由は何もないように見えるのに、落ち込んでいたのはこのような理由による。
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正しいと思うことを信じることなど、簡単だと思うかもしれない。
しかし、しかるべき場での一流の人々との交流においては、
くだらない信念や間違った信念は必ず崩壊する。
真に価値がある信念だけが生き抜くのだ。
さまざまな交流の中にうずまく多様な価値観に圧力を受けながら
自分の価値を信じきることを、正しい方法でやり抜くことは、
途方もなく難しいことなのだ。
これについては、きちんと考えなければならない。
間違った考えを持った人が、有名人を含めて、なんと多いことか。
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