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681207 journal

tristanの日記: 才能という免許はない

日記 by tristan

偉大なる思想家の偉大たるゆえんは、
その時代の知の水準と、現実の観察の間に
亀裂があるのを見つけたときに、
現実の観察に殉じた点にある。

しかし、その時代の知の水準を先を行くことは大きな困難がある。

自分で道を切り開かなければならない厳しさと孤独に耐え切らねばならない。
登るべき山の実在は信じることができても、山自体がよく見えず、
ただとても高いことだけは分かるという事情が、この作業の遂行を難しくしている。

それでも、やりとおそうとするのは、
自分がやらねば誰もやってくれないし、
もし達成すれば、多くの人の利益になると信じるからこそだ。

発見したものの実在性を信じるのは、とても勇気が要ることだ。
人は、何かが見えていても、みんなが「ある」と思ってくれないものが
見えている自分を信じることは、とても困難である。

ここまで書いたことは、デカルト「方法序説」の
前半部分で言われていることと同じだ。
当時も現在も、このことの重要さと困難さは変わらないと思える。

この方法は、やる気さえあれば、誰でも実行できる。
才能という資格がなければ、この方法で行ってはいけないと
一般に信じられていて、多くの人は萎縮してしまっている。
運転免許を持っていなければ自動車を運転してはならないのと
同じように思われているのだ。

それは間違っている。この常識を振り払う勇気を持たなければならない。
あえていえば、自分で自分に免許を与えればそれでよいのだ。

そうすればあとは、勉強あるのみだ。

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クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人

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