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tristanの日記: 新技術に対する、多くの人の反応の仕方に関する、僕の不満について

日記 by tristan

新しい技術が出てくると、みんな興奮して誉めそやすが、
それが消えてしまっても、ちょっと残念がるだけですぐに忘れてしまう。
冷たすぎやしないか。僕は昔から不満だった。

一つの技術を開発するのに、多くの人間が注ぎ込んだ情熱と費やした時間を思うとき、
それが流行らなかったからのを、適当な理由をつけて片づけてしまうことは
とうていできない。何が悪かったのか、徹底的に考えなければならないと思う。

また、だからこそ、無駄なものを作った人に対しては、
堂々とそれを言うべきなのだ。
同じ時間と情熱を、なぜもっと有意義なものに使えなかったのかを、
しっかりと考えさせるべきなのだ。

確かに、新しい技術に興奮するエネルギーが、技術水準の発展の根本原理の一つに
なっていることは否めない。必要性をうんぬんして、感動が出来ないなどというのは、
愚かであって、極言すれば、人間として終わっているとも言える。
また、開発された技術が無駄であるかどうかは、
歴史が決めることであって、作られて早々に否定的なことを言うのは、
目を摘み取ることになる危険をはらんでいる。

だからといって、使えないものは、誉めたてるべきではない。
ソフトウェアが使われるかどうかには、一定の条件があるのであって、
それを満たしているかに触れもせず、ソフトウェアの新機能に
どのような便利さがあるのかだけに触れている記事をみるのは、うんざりだ。

ビル・ゲイツの偉大さは、使えるものを作ることができたという点に集約される。
様々に非難されるマイクロソフトの問題点は、確かに当たっている。
僕自身、不快な思いを、かなりの回数、味あわされた。
しかし、マイクロソフト製品は、使えるということだけは、真剣に考え抜かれている。
ビル・ゲイツは、使えもしない製品を、興味本位で誉めて、
使えないとなるとすぐに裏切る人間たちとは隔絶した次元で、
精一杯、より多くの人に役に立つ製品を作るために努力してきたのだ。

これからの技術は、思想的なものが重要になる。
これまでは、コンピュータはあまりに使いにくかったので、便利にするだけで手いっぱいだった。
人間は、機械の都合にあわせざるを得なかった。
そういう状態の脱却は、コンピュータが生まれて以来のテーマであり、
一貫して改善され続けてきたものだが、
いよいよ本格的な洗練が要求される時代に入ってきている。
今後は、<機能>ではなく、<感覚>とか<イメージ>のレベルが重要になると思う。

感覚とかイメージとかの共有は、どうしても、オフラインで顔を合わせていかなければ
難しいところがあって、この点で、いわゆるバザール方式は不利だ。
バザール方式は、このため、イメージや感覚を画期的に改善する仕事はできない。
既存のものの後追いになってしまう。

とはいっても、企業に任せっきりにしてはまずい。
感覚とかイメージとかのレベルで、高度に完成されたものを作っていくためには、
きちんとした、理論的に考え抜かれた思想が必要になると思う。
大企業は、そういうことはあまり得意でなく、すぐにマーケティングで誤魔化そうとする。
既存の技術のありあわせですまそうとする。
それを許さないために、在野の人間の仕事が、重要になってくるのだ。

私たちは、何を作るべきかを真剣に考え、無駄な労力を、
優秀な技術者が浪費しないように考え、
また、現に浪費してしまっている人を、救わなければならない。

ソフトウェアはますます巨大化し複雑になり、個人がプログラムを作成することで
できる貢献は、小さくなってしまった。
優秀な技術者が一致団結しなければならない。

OpenOfficeは非常に優れた運動だが、これが今後どうしていけばよいのかを、
きっちりと考え、説明できる人はいるのだろうか。
もし、失敗に終わったときは、責任を取るくらいの気持ちで考えている人は。
こうしたことをやろうとすれば、型にはまった、アンチMSなどということを、
やっている暇は無くなる。MSの偉大な部分を、きちんと評価できる人でなければ、
OpenOfficeを成功させることなどできるとは思えない。

世の中の技術者の99%は、与えられたものを使うことしかできない。
それどころか、常に技術的関心を持って動向を追っている人でさえ、
かなりの少数派だ。僕もできていないのだが、ほとんどの人は技術に興味などないのである。

これは、正当な理由があるから一概に非難はできないが、決していいことではない。
このままでは、ますます一部の人の意図した方向に流されて、
偏った不当な勢力図が出来てしまう。

技術用語のマーケティング用語化が、ひどくなってきている気がする。
マーケティングは、必要性を訴えるのみではなく、
虚を実に変え、不必要を必要に変える段階まで踏み込もうとするからやっかいなのだ。

僕は、この流れに抵抗するために、プログラミングスキルを磨き、
また、技術が成功するためには何が必要かを真剣に考えたりしてきた。
技術はどのように、生かされていくべきであるかも。

しかし、もはや、個人でプログラムを作って公開することで、
活動する時代では、なくなってきたのかなと思う。
多くの人を説得できる意見を言えるようになるのが、大事なのだ。

僕が、今、コンピュータ技術を追うことには、最低限の時間しかかけていなくて、
思想を懸命に勉強しているのは、基礎固めをきちんとしておくことが、
将来のためにに絶対に必要ということがある。
重要な古典を、一通り分かっておくことは、堂々と意見を多くの人に
言えるためには必須の条件であり、できていなければ、
素人だと相手にされなくても、文句は言えないのだ。
また、実際、出来ていなければ、真の価値のある意見など、絶対に言えない。

だから、思想を学んでいるのは、自分の人生のためだけでなく、
コンピュータ技術者として今やるべきことを、やっているとも思っている。

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アレゲはアレゲ以上のなにものでもなさげ -- アレゲ研究家

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