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tsuyaさんのトモダチの日記みんなの日記も見てね。 過去1週間(やそれより前)のストーリは、ストーリアーカイブで確認できますよ。

297509 journal

tsuyaの日記: CMオートカット自粛、より不便になるデジタルTV 182

日記 by tsuya

読売新聞2月10日朝刊の記事によれば、電機メーカー2社が「TV番組中のCMを自動的にカットして録画する機能」のデジタルTV録画機への搭載をやめる方針とのこと。B-CASに始まるコピー制限に続いて、またしても消費者にとって不便になる逆技術革新が起きるようです。コピー制限は規格に基づいてTV局のコピー制御信号にしたがう形で機能しますが、CMオートカットは自粛ということで、メーカー自ら消費者に背を向ける行動。他社製品にはない機能をこぞって搭載することで消費者の利便性を高める市場競争に逆行し、マスメディアでもあるTV局に迎合するメーカーの方針は、一種の談合ではないでしょうか。皆さんはどう思われますか?

207877 journal

tsuyaの日記: 情報処理学会の挑戦状、日本将棋連盟が受けて立つ

日記 by tsuya

4月2日、情報処理学会日本将棋連盟挑戦状を送りました。棋士よ我らがコンピュータ将棋と勝負せよ、という内容です。日本将棋連盟はこれを受けて立ち、清水市代女流二冠を擁して迎え撃つことを約束しました

すでに広く報道されていますが、ネットで技術的に詳しく触れているのはITmediaの記事でしょうか。情報処理学会挑戦状に関するFAQの内容から、T2K合議アルゴリズムを動作させようとしているようです。

名前が挙がっているコンピュータ将棋へのリンクは、コンピュータ将棋協会blogの記事をどうぞ。ブログの中の人としては、勝負の行方が非常に楽しみです。初の日本開催が予定されているコンピュータオリンピアードと合わせて、今年の秋は賑やかになりそうです。

140286 journal

tsuyaの日記: 世界コンピュータ将棋選手権・オープンな価値との葛藤 54

日記 by tsuya

コンピュータ将棋関連の暫定掲示板にて、世界コンピュータ将棋選手権における使用可能ライブラリ規程に関する議論が続いている。議論百出。結論を出すのは非常に難しいようだ。

これまで19回開催された世界コンピュータ将棋選手権では、思考部を自作することが出場の条件になっており、開発者はひとつのチームにしか加われないことになっている。これは例えば、同一のコンピュータ将棋ソフトウェアの複製が多数出場することによって一定の順位を占めてしまうような状況を防ぐために設定されているルールである。ある意味で当然のルールともいえるが、一方でオープンな技術の普及を妨げ、いわゆる「車輪の再発明」を招く側面もないとはいえなかった。

このルールをよりオープンなものにするために数年前から導入されているのが、ライブラリルールである。つまり、「使用可能ライブラリ」として登録されているものなら思考部でも共有できるようにしたのだ。このルール改正は参加者の増加や新技術の導入を促し、一定の成果を挙げた。

ところが今年になって、2006年の第16回選手権を制したBonanzaがライブラリとして登録され、物議を醸すことになった。こんな強いソフトが誰でも使えるものになってよいのか…。

多くの論点については掲示板にて語られているので、各位にはご一読をお願いしたい。筆者にとって興味があるのは、オープンであることの価値を共有するスラッシュドットのコミュニティにおいて、この議論がどのように評価されるのかということだ。コンピュータ将棋開発者のコミュニティがその外部のコミュニティとも価値観を共有できれば、より有意義な議論への発展が期待できる。

掲示板では対立する意見も多く交わされているが、フレームは1件も起きていない。コンピュータ将棋開発者のコミュニティのモラルの高さは驚異的だ。なお、この件についてはコンピュータ将棋協会(CSA)でも意見を募集している

参考: コンピュータ将棋協会blog

110963 journal

tsuyaの日記: 「どうぶつしょうぎ読み切り?」がスラッシュドットのトピックに選ばれた件 2

日記 by tsuya

自分がブログのタイトルに選んだフレーズが、スラッシュドットのトピック名として眼前に出現したときはさすがにたまげた。今までひとつのタレコミも採用してもらえたことがない筆者だが、自分の書いたものがトピックになることは果たされた。筆者自らトピックにコメントを書くタイミングは逸した感じなので、日記として追伸しておく。

どうぶつしょうぎのブームは大したものだ。はてなブックマークにも掲載された。零細ブロガーにとっては滅多にない光栄である。ただし、「どうぶつしょうぎ」をGoogleで検索したら自分の記事は現時点で5番目なので、あながち人気商品の後光にあやかったばかりでもないかもしれない。

もっとも率直に言えば、過去のコンピュータ将棋ネタと同様、トピックが多くのコメントで盛り上がることは期待しにくい(現時点でコメント数22)。スラッシュドットで本当に盛り上がるのは社会派のテーマなのである。だから、geekに注目してもらえるこの機会に期待したいのは、やはり出された結論の追試、ピアレビューへの参加である。

現時点で結論を出しているコンピュータのプログラムについて、追加の情報が入ったのでここに書いておく。鈴木将棋の鈴木さんが採用したのは、単純なdf-pnではなく、df-pnと(手数を閾値にした)反復深化を並列に実行したものだったそうである。局面によって、df-pnの方が速く結論に到達できる場合と、反復深化の方が速い場合との両方があるようだ。この結果に到達するまでに要した7時間弱という時間は、かなり短い時間であるようだ。どうぶつしょうぎは、見た目よりずっと複雑な、そしてコンピュータにとって優れた問題なのだ。

どうぶつしょうぎのルールは将棋よりずっとシンプルで、プログラミングも容易だ。人工知能分野の問題としてはかなり挑みやすい水準だろう。今まで尻ごみしていた人も探索プログラムにチャレンジしてほしい。オリジナルな探索アルゴリズムを試すもよし、また、鈴木さんや田中先生が用いた方法で再試するもよし。反復深化は多くの著書や論文でも紹介されているが、df-pnはネットで検索できる記事を参考にするのがてっとり早いだろう。ゲームプログラミング分野以外にはあまり知られていないが、優れたアルゴリズムなので多くのプログラマに知ってもらいたい。できればゲーム以外の応用が開発されてほしいアルゴリズムだ。また後退解析については、田中先生のシンペイの研究の発表資料の説明を参照するのがよいだろう。

75005 journal

tsuyaの日記: 時事ネタ: WBC日本vs米国戦は歴史を左右する大一番

日記 by tsuya

これを書いている時点で、第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)準決勝、日本vs米国戦プレイボールまで9時間を切っている。連覇を目指す日本と、ベースボールの祖国アメリカの大一番は、本命同士のビックカードというのみならず、その結果がWBCの行く末をも左右しかねない歴史的な勝負である。

2006年に第1回が行われたWBCは、100年を優に超えるベースボールの歴史でようやく実現したプロフェッショナル水準の国際大会(オリンピックを越える、という意味で)だが、これから第3回以降を継続して行うのは容易ではない。まず、興行的な利益を上げ続けられるか不透明であることが根本的な問題。そしてそのわりに、メジャーリーグベースボール(MLB)や日本プロ野球(NPB)をはじめとする世界のプロリーグの開幕が直後に控えていて選手の負担が小さくなく、したがって今後引き続き選手の参加を得られるかどうか分からないのだ。

このこと自体はやむを得ない現実である。MLBの肝いりで国際大会を実現したからといって、最初から高いステータスを確立するのは無理な相談である。現在隆盛を誇るサッカーのワールドカップだって、最初から現在のようなステータスがあったわけではないだろう。だから、WBCの地位向上はこれからやればよいし、これからやらなければならない。

ここでもっとも大きな障害となるのが、たびたびマスメディアで伝えられている、アメリカ人野球ファンのWBCへの関心の低さである。その原因をもっともわかりやすく象徴しているのは、MLBシーズン優勝決定戦がワールドシリーズと呼ばれていることだろう。米国内選手権でしかない大会に世界大会と名づけて満足してしまうお国柄なのだ。確かにMLBのレベルはNPBですらその追随を許さない、疑う余地なき世界一の強さだから、これもある意味ではやむを得ないことだ。

しかし、だからといって米国内に閉じこもって世界の市場にアクセスしないのは、少なくとも経済合理的とはいえない。だから、バスケットボールなどに比べて相当に出遅れたにせよ、2006年にWBCを始めることによってベースボールの国際化に着手したのはMLBの正しい決断だ。もちろんビジネス的な意味だけでなく、ベースボールという素晴らしい競技の名声を世界に広めるのだ、という夢をかなえることにもなろう。だが残念なことに、ビジネスが夢を伴って始動したとしても、観客が支持してくれるとは限らない。幸い日本や韓国ではブームに火がついたし、ビジネスとして今後も有望と見られるが、やはりアメリカ人がついてきてくれないと経済的には苦しいだろう。

そこへ今回、準決勝で実現した日本vs米国戦である。はっきり言って、WBCの今後の発展にとって最善の結果は、米国チームに勝ってもらうことだろう。アメリカ人の関心の低さの理由は、もともとWBCが「世界選手権パート2」でしかなかった上に、第1回が2次予選敗退という情けない結果で終わったことが大きく響いていると思われる。しかし第2回大会で無事優勝すれば、"USA is No.1!" という当然の事実を最高の盛り上がりで確認できたアメリカ人ファンは溜飲を下げ、出場した選手達や監督・コーチ陣はヒーローになり、次回を待望する心境に変化することが期待できる。逆に今回も勝てないようだと、「当然世界一の俺達が優勝できない大会なんておかしくね?」という感情を増幅させるだけに終わり、関心がさらに離れていく懸念が大きい。そうなると米国チームはまたもヒーローになれず、「何故MLBの所属チームでの仕事をおろそかにしてそんな無意味な大会に出るのか」という批判的感情の方が高まるだろう。MLBのトップクラスで活躍している個別の選手たちは、いうまでもなくそちらの仕事に専念する方が経済合理的な高額所得者だから、名誉を得られない上にカネも失うリスクが小さくないとなれば、WBCへの出場など愚かだ、という共通認識がさらに強化されるだろう。そうなれば当然、米国民もWBCなど見ない。世界進出がWBCの目的とはいえ、最高峰であるはずのアメリカチームがベストメンバーに程遠い有様では、それを倒そうとする他の国々の盛り上がりにも水を差す。そうなれば、未曾有の世界的不況にさいなまれているWBCのスポンサー確保も難しくなり、それは第3回WBCの開催を危うくするだろう。

そんな事情があるとは分かっていても、当然日本チームもディフェンディングチャンピオンとして負けるわけにはいかない。お互い全力で戦うしかない。結果が重要なのはいうまでもないが、好試合を見せることももちろんファンを引きつける重要な要素だから、両国とも最高の内容を目指すことが第一だ。

42896 journal

tsuyaの日記: サラリーキャップの戦力均衡化機能

日記 by tsuya

戦力を均衡化させる目的で全世界のスポーツリーグで採用されているシステムは、ドラフト制と、前々回紹介したサラリーキャップ、もしくは両者の組み合わせ、というケースがほとんどであろう。ヨーロッパのサッカーリーグの一部が採用しているサラリーキャップは選手の年俸の高騰を防止することが目的であって戦力均衡化は意図していない、とする向きがあるかもしれないが、財力を用いて富めるチームがそうでないチームよりも戦力を充実させることを諦めさせる制度を運営する以上、各チームはほどほどの戦力で戦い続けることを承知してリーグに参加しているはずで、少なくとも間接的には戦力を均衡させているといえる。

米国の主要プロスポーツリーグでは、多くがドラフトとサラリーキャップの両方を採用している。ただしMLBでは現状サラリーキャップを採用せず、代わりに贅沢税(luxury tax)制度を導入している。これは、総年俸の上限突破を完全には禁止しない代わりに、総年俸が高くなればなるほど多くなる額のリーグ機構への支払いを義務づける制度である。この制度では、特定のチームによる高年俸の選手の独占が不可能ではないが、巨額のコストがかかるので間接的には制約されるし、またリーグは徴収した贅沢税を貧しい球団に配分することで財力の均衡が図れるというメリットもある。したがって贅沢税も有力な選択肢だが、基本的にはサラリーキャップと同様の金額規制といえる。

米国以外の国のプロリーグではドラフト制の採用は多くなく、サラリーキャップはもっぱら単独で用いられている。こうしてみると、総年俸制約を用いずドラフト制のみで戦力均衡を図っているNPBは今や少数派といえる。各国にはさまざまな状況があって議論は単純にはならないが、少なくとも筆者の印象では、戦力均衡にはドラフトよりもサラリーキャップの方が有効に見える。したがってNPBもサラリーキャップを導入し、状況次第ではそれと引き換えにドラフト制を廃止してもよいのではないか、と筆者は考える。

ドラフト制は典型的な入口規制であり、獲得できる選手の質を保証する、いわば機会の平等をはかる制度である。したがってドラフトの高順位でリーグ入りした選手でも思ったほど活躍できなかったり、逆に低順位でもトップクラスの選手に成長したりというケースが年を経るにつれて現れてくるとその比重は戦力全体からみて下がっていく。さらに現実には、FA制や外国人枠によってより少ない制約で選手を獲得できるルートがあるので、ドラフトで得られる均衡は部分的なものでしかない。対するサラリーキャップは、シーズンごとの総年俸を制約対象とすることで各時点での戦力全体を間接的に規制する、いわば結果の平等をはかる制度である。だから、選手の加入先を直接的に制約するドラフト制の方が一見して強力なようでも、実際には間接的なサラリーキャップの方がチームにとっての自由度が下がるはずだ。筆者の目には、米国4大プロスポーツのうちもっとも規制の強いサラリーキャップ制を導入しているNFLに、弱小チームが有能な選手をトレードで獲得することにより強くなるチャンスを得る、というケースがもっとも多いように見える。反対に強くなったチームは、高額年俸の獲得が可能な有力選手を手放さざるを得ないことが多くなり、黄金時代を長く独占することが困難になっている。

もっとも、サラリーキャップはルールの詳細設計と運用次第で、得られる結果がいかようにも変わるのが難しいところだ。各リーグを見ると、総年俸上限といってもそれが文字通りすべての選手の年俸総額と定義されていないことが多く、戦力均衡化効果はリーグごとにまちまちだ。それは、ベッカム・ルールに代表される数々のご都合主義によるところが大きく、運営に政治色の強いNPBがサラリーキャップを導入しても期待通り戦力均衡の役立てられるか、疑問の余地は少なくない。そのような問題も含めて、引き続きドラフト制やサラリーキャップなどの各種制度の比較論を書いていこうと思う。

41161 journal

tsuyaの日記: 時事ネタ: WBC辞退は球団ぐるみではない

日記 by tsuya

原構想崩壊…中日勢がWBC全員辞退

落合監督らしい合理的な主張である。日本の野球人にとって、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に出場すること、そして好成績を収めることに対するステータスは未だ確立していない。したがって、WBC日本代表に加入するための時間と労力を負担することで所属球団での仕事に支障が出る恐れがあり、その犠牲がWBCに参加することで得られる意義よりも大きい、と選手が判断したのだとすれば、辞退は当然だ。落合監督のインタビューは、中日選手の辞退が球団ぐるみであるかのような報道に対する反論だが、堂々たる論旨で現状の重要かつ根本的な問題点を語っている。

興味深いのは、落合監督があまり穏やかでない発言をしていた、という報道があることだ。

 また昨年12月の北京五輪アジア予選のメンバーから外れた松中(ソフトバンク)にも言及。「けがをしたときにどうなるんですか、と聞いたら外された。(ファンから)首くくって死ねといわれて、誰かがフォローしてやってくれるのか? 負けて被害を受けるのは選手なんだ。二度と味わいたくないと思う人間がいても不思議はないだろ。(代表に)来いといえば全部出てくると思うのは大間違いだ」とまくし立てた。

日本は2006年の第1回WBCこそ最高の結果を残したものの、プロが加わった2度の五輪では不満な結果しか出せていない。中でもメダルが獲得できなかった北京五輪は手ひどく批判され、特に星野監督への壮絶なバッシングは知れ渡っているところだ。選手たちも相当精神的に傷つけられたに違いない。負けて被害を受けるのは選手、という落合発言が本当だとすれば、その理不尽さを間近に見た重要な証言といえるだろう。初のベースボール世界ランキングで栄えある1位を獲得した日本が世界に冠たる強豪であることは疑いの余地がないが、それでさえ他の多数の強豪国が参加する国際大会で常時好成績を収めるのは容易ではない。ファンの期待に劣る成績しか残せないリスクは小さくないのだ。それを考えれば、監督・コーチ・選手にとって、国際大会への出場は割に合わない仕事だ、というのが日本のプロ野球の現実だ。

だから、本気でWBCに勝ちたい、そのために有力選手の選考漏れは少しでも避けたい、と思うなら、万全の態勢で臨むことをNPBぐるみで強く推進して負けるリスクを減らすか、あるいはリターンの増大、すなわちWBCとその参加者のステータスを高め、苦しくても出てよかった、と心の底から思えるように導くか、しかない。これらは一朝一夕には達成できないし、まして後者は日本一国だけの努力ではどうにもならないが、最大限の努力を払っていることを示すことはできるはずだ。現在のNPBははっきり言ってその部分が欠けている。ドラフト制に垣間見えるNPBのパラダイス鎖国体質は、この状況を助長していると筆者は思う。

40467 journal

tsuyaの日記: サラリーキャップ: もうひとつの戦力均衡ルール

日記 by tsuya

チャンスの多寡はみられるものの弱小球団でも優勝が狙える、という状況は、NPBもMLBもおおむね共通である。これは確かにドラフトの恩恵といえるかもしれない。今年2008年、NPBのリーグ優勝は埼玉西武と読売で比較的順当に分け合った感があるが、MLBは万年弱小球団として知られた老舗のフィラデルフィア・フィリーズと、「デビルレイズ」を名乗った10年間勝ち越したことすらなかった11年目のタンパベイ・レイズがワールドシリーズを争った。特にレイズは球団創設以来、弱小球団から這い上がるために、ドラフトで有望な新人を優先的に獲得し、じっくりと育てることで戦力を増していったようだ。このような過程を経て元弱小チームが数年後に優勝を狙えるというシステムは、確かにリーグの優勝争いを面白いものにしてくれているのだろう。

しかし、この程度のチャンスが各球団にありさえすれば満足だというのなら、果たしてドラフトのように選手の選択肢をたったひとつに限定してしまうような強制的な制度が必要か、という論点は常に考える必要があるのではないか。現状を見ると、リーグにドラフト制があるか、ないかに関わらず、リーグ団体スポーツ興行の戦力の強弱を決めるもっとも大きな要素は、やはり選手に支払っているサラリーの多寡である。そこで、カネの条件をできるだけ均等にするため、サラリーキャップという制度が世界の多くのスポーツリーグで採用されている。これは、ひとつのチームに所属する選手の総年俸の上限を規制するルールで、特定のチームが財力にあかせて優れた選手を独占することを防ぐ効果がある。

Wikipediaによれば、サラリーキャップは欧州のサッカーリーグなどでも一部採用されており、ドラフト制よりも広く世界に普及しているようだ。これは戦力の均衡がはかれるだけでなく、選手の年俸が高騰しにくくなる効果も見込まれているからだと思われるが、NFLやNBAを見る限り、戦力を均衡させる効果も高いものと考えられる。これをNPBに導入することを議論してみてはどうだろうか。

サラリーキャップは、ドラフト制とは独立に実施できる戦力均衡化ルールだ。筆者は今時点で、NPBは、さまざまな副作用のあるドラフト制を廃止する代わりにサラリーキャップを新たに導入すべきではないかと考えている。NFLやNBAのように、ドラフト制とサラリーキャップを併用する必要はないという考え方である。ドラフトの副作用とは、田沢投手をはじめとして有望選手がチームを選べないという根本的な問題の他にもいくつかある。次回以降はそれらについて少しずつ触れつつ、今のNPBにおける戦力均衡化策について考えていきたい。

39345 journal

tsuyaの日記: 戦力差はある、しかしチャンスもある

日記 by tsuya

読売ジャイアンツのいわゆる巨大戦力とその他の球団、たとえば横浜ベイスターズを比べれば、ドラフト制があっても戦力に大きな差が生じていることは明らかだ。なぜそうなるのかという理由も単純で、資金の豊富な球団がドラフト以外の選手獲得手段をふんだんに使えるからだ。外国人選手枠とフリーエージェント(FA)制である。

NPBにおける外国人選手枠は数十年前からある戦力補強ポイントであり、FA制の導入以後は多少ウェイトが下がった感があるものの今でも重要な選手調達ルートである。近年は人数制限が緩和され、最大4人の選手をひとつの試合に出場登録できるようになっている。外国人選手とはドラフトに制約されることなく契約できるため、高額な年俸の契約を多く結べば、他球団と不均衡に強力な選手を擁することができる。またNPBにおけるFA制は、一定のキャリアを積んだ選手が現所属以外のチームに入る権利を自発的に得ることを可能にするもので、これも球団にとっては他球団の有能な選手を獲得する有力なルートである。FA宣言した選手と契約を結んだ球団は、FA宣言選手のもとの所属球団に金銭もしくは選手を補償する義務を負う制度になっており、したがって金銭トレードまたは交換トレードと同様の形式となるが、補償する側の球団は補償対象とならない支配下選手を一定数選ぶことができ(プロテクト枠。現行では28名)、補償される側はその枠以外の選手を選ぶことになるので、補償される選手がFA宣言した選手よりも有能な選手であることはまずない。外国人選手と同様、高額な年俸や契約金、補償金を負担できる富裕な球団が戦力を増しやすい制度だ。MLBのFA制には補償の一形態としてドラフト獲得枠を用いる制度があるが、NPBにはないため、NPBのFA制もドラフト制による均衡化の制約を受けない。

その結果、ペナントレースはどのように争われているか。筆者はかつて、2003年終了時点での観測から、実はNPBは充分に実力伯仲していると書いた。その後2008年までの5シーズンについて改めて考察すると、セントラルリーグではこの間に優勝した3チームがやや固定化している様子が窺えるが、パシフィックリーグでは千葉ロッテと北海道日本ハムがそれぞれ21年ぶり、15年ぶりの優勝を果たしており、むしろ優勝のチャンスは多くのチームに広がったように見える。加えて現在ではセントラル、パシフィックともプレーオフ制(クライマックスシリーズ)を採用しており、リーグで3位にまで入れば日本シリーズに出場するチャンスがある。過去5シーズン、3位以内に入ったことのないチームは、セントラルでは17年間リーグ優勝から遠ざかっている広島東洋、パシフィックでは2005年シーズンからリーグに加入した東北楽天だけだ(2005年シーズンから合併して参加している旧オリックスと旧大阪近鉄は現オリックスとして統一して数えている)。日本一になるチャンスは多くのチームに分散しているのだ。NPBのプレーオフ制には賛否両論あるが、多くのチームに優勝のチャンスを与えることが重要と考えるなら、プレーオフ制がよいシステムなのは間違いない。

少なくとも他の競技に比べれば、NPBは依然としてまずまず実力伯仲しているといえると筆者は考える。ただしチームの戦力差が歴然としているのは確かであり、チャンスの多寡が大きく異なるのは間違いない。では、この現状は望ましいものなのか、現状でドラフト制は有意義といえるのか、という点を次回に考えたい。

39058 journal

tsuyaの日記: 時事ネタ: WBC日本代表は原監督

日記 by tsuya

一応今までの話と無関係ではない話題として、WBC日本代表監督にジャイアンツの原監督が就任することになった件について触れよう。星野仙一氏が選ばれそうだという報道が広まったところで、シアトル・マリナーズのイチロー選手の発言が大きく情勢を変えたわけだが、ゴルフやテニスのように選手がコーチを雇う個人競技ならいざ知らず、団体競技である野球のしかも日本代表監督の選任に一選手の発言が大きな影響力を示すのは異例である。これはNPB関係者が、WBCに臨む態勢における自信のなさを半ば自白したもの、と考えてよいだろう。監督という地位の選任を、指導力の高い人物を選ぶのでなく、ブランド力のある人物のうち手の空いている人を、という感覚で選ぼうとしていたことは否定できないのだろう。たったひと言で覆る程度の選任プロセスしか事前に用意できなかったというのは、第1回大会ならともかく、初代王者として第2回に臨む姿勢としてあまりにも頼りない。

もちろん、他ならぬイチローの意見だからこそ重かったことは確かだろう。結局、プロ野球関係者は、誰が監督をやろうと、イチローのリーダーシップに勝るものはなく、それが生かされるための最適な手段をとることが日本代表の最強の構えだ、という感覚が強いものとみられる。このコミュニケーションの応酬が、選手も監督も決まっていない時点で起きることが、イチローへの評価の高さを示している。選手としてイチローひとりが優れているだけでは勝てないことは、近年のマリナーズを見れば明らかだから、彼には当然のごとく代表選手に選ばれ、リーダーとしてチームをひとつにまとめることで他の多くの選手の力を引き出すことが期待されている。それほど第1回大会で発揮されたリーダーシップが強力だったと評価されているのだ。

もっとも、その結果選ばれた原監督は、監督としての評価が分かれる人物である。読売巨人軍を率いて通算5年目の今季を含めてリーグ優勝3回、来る日本シリーズで2度目の日本一を狙うという実績の持ち主だが、巨人の巨大戦力をもってすれば勝って当たり前ともいわれる。ともあれ来年の本番に向けて、原監督とNPBには周到な準備が求められる。北京五輪で4位に終わって評価を大きく落とし、ファンの支持も失ってしまった星野氏の存在感ゆえに、第2回WBC日本代表監督はあまりに強いプレッシャーにさらされる注目の的となったが、真摯に準備に取り組むことにより、野球日本代表とはどうあるべきか、ということも徐々に見えてくるだろう。

さて今回は脱線したが、次回は、ドラフト制で戦力均衡が図られているはずなのに原巨人のような巨大戦力が実現してよいのか、という点をきっかけに例の話題に復帰したいと思う。

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アレゲはアレゲを呼ぶ -- ある傍観者

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