tsykの日記: Suicide
以前の職場に出入りしていた保険外交員のおばちゃんが、昨日の夕方に家へ訪ねてきた。その会社の近況について30分ぐらい玄関先で立ち話をしたら、あちこちを蚊に食われた。
保険のおばちゃんの情報網はとても強力である。彼女は得意げに、今あの人はああだ、この人はこうだ、と勝手に喋り捲る。うっかりと口を滑らして自分の情報を漏らそうものなら、瞬く間に会社の連中に筒抜けになるだろう。警戒しながら世間話をする。
元上司でもあったG部長が外回りの営業中に突然の病気で無くなったのは、もう6~7年前の話になる。G氏のお葬式には大勢の社員が手伝いに駆けつけた。まだまだ若いのに残念だったね、などと故人の噂をしていた。皆も自分も、彼は突然の病気で倒れたと信じて疑わなかったと思う。
昨日、保険のおばちゃんが漏らした真相には、不意を突かれて動揺した。彼は首を吊って自殺したのだと言う。幹部連中は真実を知っていたが、病気で惜しくも突然死したという物語を捏造して流布するように口裏を合わせていたのだ。だぶん、そういうことは世間では良くあることなんだろうと漠然と考えていたが、いざ自分の身近だった人物に対して行われたことを知り、なんとも虚しさを感じる。
社員に動揺を与えないための配慮、遺族に対する配慮、さらには経営陣や管理職の責任逃れ、もしくは会社のイメージが損なわれることを恐れるためかもしれない。それが、この世の中の仕組みだと思い知らされた。
自殺をするほどに精神の健康を病んでしまう人の本当の気持ちは、健康な人には想像が難しい。「心が弱くて自分に負けたのよ」と片付けて安心する。「気の持ちようなのよ」と追い討ちをかける。「ちゃんと悩みを相談しないと」と他人事のように助言する。
精神が健康な状態にある人の視点から語られる言葉は残酷だ。病んでしまった人の絶望感は制御不能な怪物のようなものだ。周囲の適切な助けが必要で、自力での解決は困難な場合が多いはず。年間3万人の自殺者の心の叫びは、こうして黙殺され、彼らは二度殺される。
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