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uruyaの日記: 南総里見八犬伝(十) / 曲亭馬琴・著 浜田啓介・校訂

日記 by uruya

南総里見八犬伝(十) / 曲亭馬琴・著 浜田啓介・校訂
★★★★☆

注:以下あらすじはそこまでのネタバレを含む

第九輯下帙之下乙号上(第百四十六回 - 第百五十三回)

姨雪代四郎(おばゆき・よしろう)と直塚紀二六(ひたつか・きじろく)は組子を率いて親兵衛との待ち合わせ場所へ向かうが、その途中で徳用らと政元のむすめ吹雪姫を発見。吹雪姫は神薬により介抱したのち代四郎が護送して送り返し、徳用らは木の幹に縛った上で見張りを残し、紀二六は親兵衛を探しにゆく。

犬江親兵衛は虎を追って白川山に入り、虎の両目を射つぶし、これを仕留める。そこへ現れた紀二六に、現場を保存して細川政元の手勢に虎を引き渡すよう指示し、親兵衛は一足先に辛崎の関へ向かう。退治の証拠を見せろと要求する関所の頭人に、切り取ってきた虎の耳を見せようとするが、どこかに落としたのか、耳は手元から消えていた。関所の手勢が現場に行って確認するという話になるが、もし親兵衛の話が嘘で虎が退治されていなかったら危険ではないかと臆した配下らは、現場に行ったふりをして虎はいなかったと報告する。これに騙された関の頭人は親兵衛を捕らえようとするが、親兵衛は怒って大暴れ。加勢に来た阪本大津の両関所の勢も含め、三関の兵を敵に回しての大騒動に。

その騒動を治めたのは政元だった。政元は代四郎や紀二六からすべての顛末を聞き、虎も確認した上で親兵衛を追ってきたのだ。政元の指示で虎の両目から矢を引き抜くと、虎は絵の中に戻ったという。絵の虎の片耳には、確かに切り取られたような跡が見えた。
政元は親兵衛らの数々の功を賞し、安房帰還を許可する。主従は帰国の途についた。

───

御教書を持ち帰った蜑崎照文(あまさき・てるふみ)は、親兵衛が政元に気に入られて引き止めにあっていることを報告する。心配した里見義成義実父子は再度照文を派遣して親兵衛の引き取りを願うことにする。

照文を送り出したのち、扇谷上杉家の動向を探っていた諜者から扇谷定正が動いたという報告が入る。八犬士を逆恨みした定正は、落鮎有種が八犬士とかかわりがあることを知り穂北を攻め、有種は屋敷を自焼して姿を隠す。定正はさらに山内上杉家の山内顕定と和睦し、諸侯に檄を飛ばして里見家討伐の軍を起こしたのだ。

里見家ではこれを受け、犬阪毛野を軍師に起用する。毛野は陸戦には行徳・国府臺(こうのだい)、海戦には洲崎を予定戦場として、海戦には奇計をもってあたることとし、丶大(ちゅだい)法師と犬村大角を指名して、館山合戦の折に妙椿狸から入手した風を操る玉、甕襲(みかそ)の玉を使用した策を授ける。

第九輯下帙之下乙号中(第百五十四回 - 第百六十一回)

定正と顕定は、赤壁よろしく火攻めで海戦を制することを考えていた。それには風向きが重要である。たまたまそこにいた占い師赤嵒白中(あかいわ・ひゃくちゅう)に占わせたところ、よき風は二十日余りあとに吹くであろうという。定正顕定は遅すぎるとなげくが、師である風外道人ならば術によって自在に風を操ることができるという白中の話を聞き、道人の紹介を頼む。風外道人はデモンストレーションとして風を起こしてみせ、定正顕定はもとより全軍の信頼を得るところとなった。白中もまた紹介の功により軍に取り立てられる。水軍に長けた朋輩がいるので軍に迎えたいという進言が容れられ、白中には、相模新井城を守る三浦氏に船と柴煙硝の融通を受けるための割符と、三浦氏領内を行動するための船印が発行された。

さて、当然ながら白中は大角で道人は丶大である。すべては毛野の計略であり、大角の援護役に堀内貞住、偽って降伏し火をかける役として館山の乱で蟇田素藤(ひきた・もとふじ)側についたが今は帰順した千代丸豊俊、連絡役には音音(おとね)曳手(ひくて)単節(ひとよ)妙真が任命されるなど、万全の体制だった。

五十子(いさらこ)城には諸侯が結集し、洲崎には総大将扇谷定正三万余、国府臺に山内顕定と足利成氏ら三万八千、行徳は定正の嫡子上杉朝良と千葉介自胤ら二万余。対する里見軍も陣容を整え、洲崎に里見義成を総大将として軍師に犬阪毛野、他犬山道節、犬村大角ら一万六千。行徳は犬川荘介を大将とし犬田小文吾ら八千五百。国府臺は里見義通を大将とし後見に東辰相(とうの・ときすけ)、他犬塚信乃、犬飼現八ら九千五百。稲村城の篭城兵として義成の次男次丸を大将とし荒川清澄が後見、一千五百。

行徳・国府臺の守兵は任地に向けて出立、貞住は大角と接触するために精兵百五十を率いて潜入を開始。さらに豊俊の偽投降の使者となる四女も五十子城へ入りまんまと信用させ、音音を豊俊の人定役とし、他三女は人質となるが、曳手単節の美貌に鼻の下を伸ばした見張り役により人質の扱いは緩やかであった。

里見軍に武田信隆の密使が来る。信隆はもと上総丁南城主だったが館山の乱で素藤についたためその地を失い、縁者である甲斐国主武田信昌を頼っていた。檄文が回ってきたとき信昌は里見と事を構えることを嫌ったが、この機に旧領の地を取り戻そうと考えた信隆は名代を買って出て兵を借り、里見への裏切りを約束し丁南の安堵を申し出てきたのだ。義成はこれを許し、信隆の甥信道を人質として受け入れる。

行徳には家再興をかけた満呂重時が従軍していた。陣中散歩していた重時は、満呂一族の裔である鍛冶屋にいた少年再太郎を養子にとり、信重と名乗らせる。また、安西出来介の忘れ形見成之介と再会し、これも就介景重と改名させ行徳の軍に合流させる。再太郎は家伝の人魚の膏油を持っており、体に塗れば冬の水に入っても凍えず、剣に塗れば鋼鉄さえもバターのように切れるというものである。荘介小文吾はこれを用いて今井川岸と中州妙見嶋の二柵を落とす計略をたて、重時再太郎就介を川から潜入させる。重時は銃に撃たれ討ち死にしてしまったが、再太郎就介は潜入に成功する。

─────

関東管領戦、はじまる。

伏線張りと回収が入り混じってめまぐるしい展開。戦争準備段階だが、素藤戦でのあれやこれやがここで怒涛のように絡んでくるし、舞台から一時退いた人が数人いるのも気になるところ。
しかし戦力はこれ大げさもいいとこだよな。当時の動員力ならこの十分の一程度だろう。安房一国なんざ豊臣期で十万石程度。動員数はまず二千くらい。この時代兵農未分離なので農民皆兵としても、いくら多くとも五千はいくまい。

あとネットで全文を掲載しているサイト(!)を発見したのでメモしておく。これはすごい。

ちえまの館
http://chiema.dyndns.org/

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海軍に入るくらいなら海賊になった方がいい -- Steven Paul Jobs

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