vikkeの日記: 悲惨な記憶と学習
日記 by
vikke
阪神大震災というのは、それを被災した人達にとっては、地獄だし、思いだしたくも無い事なのだろう。幸い僕には阪神大震災による被害を受けた人は知り合いにはいない。でも、それが故に、どれほど大変だったかは今一実感がない。
もっとも現実身を帯びて感じたのは、漫画の神戸在住(コレ isbn:4063211045)でだった。
また、関西の方の成人式で、この時の映像が流れたとき、話をしてたり携帯を弄ってた新成人が、それらの事をやめて、じっと映像を凝視していたという話を聞くと、やりきれなくなる。
ふるさんの言葉、
「倒壊して地面に落ちてきた瓦葺の屋根の上を歩いたことは、
忘れられません。
地震が起きてから時間が経つにつれて被害者数が伸びていくように、
あの景色の中にも、まだ助けを求めていた命があったのではないか、と。
そして、実際に人が倒壊した家の下敷きになって取り残されている現場に
出くわしても、非力だったことを。
私の前で、人は死なせません。
十年前のガキのガキなりにマジな誓いです…。」
は、僕の胸に刺さった。
こういう考え、思いをweb上に残して、後世に伝えておくことは重要だと思う。
直接伝えられる人間が少なくなると、人間の記憶は薄れてしまい、蔑ろにされるようになってしまう。
そーでなければ、あの悲惨な戦争をもう一度しかねない、憲法9条を改正しようなんて、正気じゃ考えられない。
憲法9条はアメリカに押し付けられた憲法だとか、世界に貢献できない日本の恥だとか言う人もいる。
でも、9条が成立した過程はどーでもいい。この憲法がいわんとする事がどれだけ素晴しい事か。
これは恥どころか、胸を張って誇れる条文だと思う。
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