von_yosukeyanの日記: ファーストフード化
koufuu日記から
まぁちょっと最近思い始めてることなんだけど・・・。
例えば、アメリカの銀行は70年代からの規制緩和で
・銀行対証券
・マネーセンターバンク対スーパーリージョナルバンク
・商業銀行対投資銀行
という三つの対立構造が形成されたと言っても過言ではない。
しかし、これを日本の状況に当てはめてみると
・銀行対証券
いわゆる「銀証戦争」と呼ばれるレベルの低い闘いが、戦後一貫して継続している。例えば、三井銀行によるADR証券の信託業務の拒否や、日本興業銀行と野村證券の公団債主幹事獲得合戦と、挙げればキリがない。これは、同時に金融規制当局内部でも、大蔵省銀行局と証券局の深刻な対立が存在していたし、現在のMOF対FSAの主導権争いにもそのまま当てはまる
・都銀対地銀
この競争は存在しないと言ってもいい。地銀は、マネーセンターバンクの既得権である海外業務や、地方債の引き受け主幹事にはなれないし、逆に都銀も地方公共団体の指定金融機関になることはできない。
・普通銀行対投資銀行
そもそも日本では投資銀行=証券、あるいは興銀というイメージがあるのでこの構造は存在しない
日本の金融サービスは競争が存在していないのは、主に金融行政が硬直的で、業界の慣習自体が規制と保護に慣れきっているから、という側面もあるのだが、もう一つの側面を挙げると日本の金融サービスが充分低価格で競争の余地が少ないことだ
例えば、信金と地方銀行と都銀の間で、明確に違うサービスというのはあまりない。強いて言えば、指定金融機関制度(地方税の納付に、指定された金融機関でないと取り扱っていないなど)とか、同一行内での振込手数料が割安というくらいだ。これにしてみたところで、戦後の銀行の「大衆化」の過程において、銀行は顧客の囲い込みの手段としてこれらの差異を積極的に作出しようとしたのだろう。即ち、決済など普通預金取引から囲い込み、ローンや定期預金、年金などの取扱によって長期的な収益を狙う、というものだ。
だから、「金持ちのための銀行」というのはそもそも存在しなかった。確かに、都市部では見栄で興銀や東銀との取引を望む階層というのは存在していたが例外的だし、戦後のある時期まで確実に有産階級であったと思われる地方の土地貴族にしたところで、地方の信託銀行支店で資産運用を行っていくらいの話だ。大体、信託銀行の決済機能は、現在でも著しく劣っている
そもそも、日本における資産運用というのは株や債権といった有価証券、信託のような金銭的な運用ではなく、不動産での運用が一般的だった。中産階級(もっとも、都市部に居住するほとんどの住民が自分を中産階級だと認識しているが)の貯蓄手段の最たるものが、給与から天引きされる財形と、アメリカから言葉だけ輸入されたMMCだけだった。
銀行が顧客に与えるインセンティブとは、単に安定した運用だった。実質的に、定期預金は解約しても適用金利は普通預金金利が適用されるだけで、信託財産留保金のようなペナルティーは存在しないし、代わりに金利は金融規制当局による規制の下にあった。日本銀行による公定歩合の改訂が、そのまま預金金利に反映され、コール金利を決定し、長期プライムレートに基づいて貸出金利が決定される。そこには、巨大資金を大企業に安い金利で提供するシステムであり、「預金者は長い間産業寄機構に搾取されてきた」(Edward Chanceller,1999)のだった。
金融情報システムでされも、そのシステムにおいて最適化されたシステムが構築された。膨大な預金管理は、支店の男女による絶え間ない努力の結果から、バックエンドの集中センターの地下室に格納された巨大なメインフレームで処理された。顧客の利便性を高めるため、人の集まる場所にはCDやATMが設置され、時には大企業の社員のみが利用できる社内CD機さえもあった。1980年代後半に完成した、第二次オンラインシステムはその銀行の収益モデルを極端に反映したシステムとなった。原帳が格納された勘定系システムが、基幹系システムのすべてのシステムと不可分に結合され、昼間にはオンライントランザクションが、夜間には膨大なバッチトランザクションが処理された。
バブル期までは、一部の有産階級をのぞいて銀行と貯蓄性保険以外の貯蓄手段をもたなかった。充分な知識がないまま、「株が突然町の話題にな」(Chanceller)り、多くの人が株式に減滅し、その後拒絶するようになった。それは、金融機関とて同じことで、彼らもまた充分な知識のないまま、スワップやデリバティブのような金融商品を、麻雀の駆け引きのように次々に購入し、そして痛い目に遭った。
概念を直輸入したまま、既存のビジネスモデルのまま金融商品を提供しつづけるのでは、結局はディスカウント合戦に陥ってしまう。しかし、いくらコストは安くても、商品が顧客の求めるものであるかどうかは別の話である。
言ってみれば、日本の金融サービスなんてものは日本株式会社における巨大な社員食堂みたいなものだ。確かに安いが、定食しかないし最近ハエがたかってる。経営が思わしくないので、最近新しいメニューを追加してみたりしてるが、定食よりかマシだが値段はべらぼうに高い。よく見てみると、実は町のファーストフード店の残り物を高く売っているだけに過ぎない
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