von_yosukeyanの日記: 電算化/オンライン化/或いはIT化(3)
以下のような現状認識を踏まえて、HBRに掲載されたNicholas G. Carr氏の"IT Doesn't Matter"を検討してみたいと思う。ただし、ボク自身はこの論文を直接読んでいないので、koufuu日記にリンクされた荒木『米国におけるユーティリティ・コンピューティングの動向』に掲載された抜粋に依る
Carrの論の前提にあるのは、情報システムは鉄道や電力と同様、コモディティー化していいるという主張である。情報システムを、企業のインフラストラクチャーとして位置付け、鉄道や電力と対比するという観点はそれほど目新しいものではない。むしろ、米国ではバブル時代に米国産業革命時代における鉄道投資と対比する主張が極めて多かった。
しかし、この主張のおかしさは単に「ITはコモディティー化している」という事実が存在していない点だ。確かに、ITは企業にとってインフラストラクチャーであるし、産業全体のインフラストラクチャーであるが、企業のITシステムはそれ自体がスタンドアローンであり、産業基盤としてのインフラストラクチャーと同一ではない。例えば、誰でも購入できるMS-SQLSVやOracleにはデータマイニング機能が付属しているし、いまや銀行の勘定系システムはパッケージ化され、時間貸しも可能な時代だ。しかし、こういった一般市場で入手可能な情報基盤は、基礎的な機能を提供しているに過ぎず、代替が不可能な部分が存在するという事実である。
これは、例えばさも電気店にぶらりとやってきたIT部門の責任者が「物流システム」だとか「金融システム」と書かれたパッケージソフトを購入しさえすれば、企業のIT化が達成されるような論調だ。仮にITがコモディティー化しているのであれば、資本支出に占めるITコストは競争によって劇的に減少していくはずであるが、実際にはそうはなっていない。
確かに、バブル時代に情報システム全体への支出が全産業において拡大し、現在でも情報システム部門には回収しきれない余剰設備が老朽化しつつあることは確かだが、こういったバブル時代の過剰投資は主に通信産業において集中的に発生した事態であり、通信産業以外で見てみるとITへの過剰投資はそれほど発生していないはずである。それは、例によって鉄道に例えてみると、鉄道会社が鉄道網の整備に走った一方で、企業は鉄道網に直結する引込み線や鉄道設備を整備したかもしれないが、鉄道網全体に対する投資額を見て企業の引込み線投資は無駄である、と論じるのと同様に思える。
最後に、すでに論じたようにIT投資の定量化という現象は、単に手法の問題であって流れではない。仮にITへの過剰投資が恒常的に発生していて、経営者がそれに関心を払わないのであれば、それはガバナンスが欠如している証拠である
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