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von_yosukeyanの日記: 電算化/オンライン化/或いはIT化(5) 1

日記 by von_yosukeyan

koufuu日記から

情報システム部門の主要業務を分けてみると「計画」「設計」「開発」「運用」の四つになると書いた。実際にはもっと細分化できるし別の切り口もあるのだが、とりあえずこれを元に考えてみたい

計画の段階は、経営的な意思決定だ。経費を節減するとか、収益性を最大化するとか、ITを活用した新しいサービスを始める(たとえば貨物追跡サービス)とか、理由は様々だが、とりあえず経営側からの戦略的な意思決定が行われる。この時点で、どのような機能/開発費/従業員の訓練/組織の変更を行うべきか決定されているのが望ましい

設計では、ユーザー部門やシステム部門自らに対しヒヤリングを行い、現状のシステムの問題点を集約しシステムを設計する。この段階で要件定義が行われていることが望ましいが、実際には次の開発と平行して行われている場合もある

開発では、要件定義を元に自社部門やメーカ、ベンダーや協力会社とともに具体的な機能の実装を行う。

運用では、システムを実際に業務システムとして稼動させる段階である。

情報システムは、この四つのフェーズの循環である。とりあえず順番に書いたが、ボトムアップで意思決定される場合もあるし、順番どおりにボトムアップの場合もある。システムを刷新するような場合にはトップダウンの場合もあるだろうが、小規模な場合ならボトムアップが多いだろう

アウトソーシング/ASP/ホスティングなどの外部委託は、この四つの段階を継続的に切り離すことだ。情報システムに対するリスクを考えるとき、これ自体はあまり意味はない。確かに、長期的に安定して稼動しているASPシステムに基幹業務の一部を委託することは、一見してリスクが低いように思える。しかし、それは単に会社組織からリスク要因が外部に移行しただけの話だ

逆に、たとえば運用だけを外部委託した場合を考えてみたい。運用の最大の任務は、システムを安定して稼動させることだが、予想される負荷や会社の商慣習の変更によってシステムの変更が常に必要になる。しかし、開発と運用部門が別々の組織で行われているということは、常に意思の疎通に問題が発生する可能性がある

たとえば、ITが生命線になっているネットオークション運用企業や、ディスカウントブローカーのような会社では、運用部門と開発部門に区別をつけない場合がある。運用上の問題点を開発側にフィードバックしやすいからで、時には設計も同じ部門で完結してしまう場合もある

また、基幹システムとは言いがたいが、業務が停止すると困るような、たとえばメッセージングシステムやディレクトリ・システム、それにグループウェアなどの運用と開発は、できれば外部委託するよりも社内で完結していたほうが望ましい場合もある。組織の規模が小規模で、システム業務に専任を選べないような場合には例外だが

ところで、コモディティー化は様々な分野で進行しつつあるが、料金自体がどのようなシステムであれ高すぎるのが問題だ。たとえば、信金共同システムにしてみてもシステムの機能は最大公約数的であるし、利用コストも決して安くない。規模が小さすぎる信金の中にも、自営システムを運用しているところもあれば、数金庫で共同運用している場合もある。

勘定系システムは基本的には、金融基幹システムの中では変化に乏しいシステムのひとつだ。一方で膨大なトランザクションが発生し、設計自体が非常に難しいシステムのひとつでもある。だから、ASP化やアウトソーシングは合理的に思えるが、たとえばCRMのために勘定系から情報系にデータを転送する間隔を週1回でいいという金庫もあれば、1時間ごととかできればリアルタイムに行いたいという金庫もあるだろう。

しかし、すべての金庫に対してリアルタイムでデータ転送を行うシステムを設計すれば、コストが増大し利用料金は跳ね上がるから、週1回でいいという金庫はこれまでの自営システムでもいい、というところもあるだろう。だから、結局は最大公約数的になってしまって、「1日に1回」とかいう話になってしまう。

ITがコモディティ化するにつれて、システム自体の柔軟性は失われる。それはちょうど、かつてMITのAI研究所がPDP-8を改造して実装した独自命令を、VAXに移行することで放棄したのと同様に、柔軟性とコモディティはトレード関係にある。ハードウェアの性能向上や、外部委託業者の間での競争で、将来的に価格は低下するだろうが、企業が望むような外部委託の柔軟性の実現にはやはりコストがかかる。つまり、ITがコモディティー化すればコストが低下するというのは幻想であるということだ

しかし、経営側が最終的に志向するのはITコストの総量的な抑制である。これは単純に、コスト的に部分最適化されたコモディティなシステムに依存することを意味しない。したがって、ITのコモディティ化というパラダイムが存在していたとしても、それをあてにするというのは単純な思考停止というべきガバナンスの低下をもたらすであろうと言えるではないだろうか

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普通のやつらの下を行け -- バッドノウハウ専門家

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