von_yosukeyanの日記: 官営事業の民営化
霞ヶ関官僚日記から
行財政改革は、はっきり言えば戦後日本政治の主用な争点であり、何度も繰り返されてきた(かの中曽根政権における最大の功績が、官営三事業の民営化であったことに留意すべき)ことであり、言ってみれば官営事業の民営化は、小泉政権における郵政三事業/道路三公団民営化で終るはずがない
主に財政的な問題から、旧大蔵省(財務省)が「金がない」という理由で世論誘導と大蔵系族議員の動員によって行財政改革が行われてきた、というのは今回も前回(中曽根時代)も変わりないわけで、決して市場原理に適合した官営事業の転換、などといった主張はお題目に過ぎない
そもそも、行政などというのは、企業と異なり合理化によって収益体質が簡単に改善するわけではない。行政における収益とは、税と官営独占事業から得られるもの他は、借入にあたる公共債の発行によってであり、一方の支出は行政という投資効果が数値化不可能な部門であるからだ。上は大企業や銀行から、下は年金受給者に至るまで「増税は避けるべきもの」とされる一方で、行政活動に対しては無制限の要求が行われる。収入と支出のバランスが狂いまくっていて、借入に頼っているわが国の財政状況にあっても、増税は「完全にタブー」なのだ
しかし、一方で行政部門は財政の裏付けなしに肥大化しつづけている。明治時代には官営事業や特殊銀行、戦後には特殊法人や公社、中曽根期以降には特殊法人のファミリー企業や第三セクターという形で。特に、官営事業に対する批判が高まるにつれて、官営事業は第三セクターやPFIといった「民間の経営ノウハウと資本を導入した新しい官営事業のあり方」というのが持てはやされ、官営事業そのものに対する行政の責任の曖昧化が進行していった。これが例えば、複雑で特殊な会計原則が導入されている特別会計であり、行政のB/Sから切り離された状態にある第三セクターやPFIであるのだ
こういった官営事業が、独立行政法人化・民営化を経たとしても、そこに競争原理が導入されているか、という点に関しては、中曽根政権時代の国営三事業の民営化のその後を見てみても明らかだ。国鉄時代の負債は未だに返済されていないし、JR貨物のように永久に完全民営化が不可能な部門もある。NTTに至っては、通信事業の独占状態がほとんど解消されない一方で、NTT法による規制が未だに残っている。そして、JT、JR、NTTの三社は、巨大な資金と影響力を駆使して、現在でも行政からの補助金を搾取していることには変わりがない
財政危機が顕著化するたびに行政部門を民営化し、過去の負債を国庫負担とする、という形はおそらく今後も確実に続くのだろう。そして、「行政目的」というお題目から、新たな官製事業の創設や、官製事業の下で増殖するファミリー企業も簡単には減りはしないだろう。問題は、官営事業の民営化そのものではなく、官営事業の無制限な増殖にどこまで制限がかけられるのか、という点ではないかと思う
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