von_yosukeyanの日記: 文明の衝突?(4)
『テロ行為とは、文明が未熟であるから起こるのではない。選挙による落選と言う手段を奪われているからやむをえずテロに走ると言うのでもない。権力が一人に集中しており、その一人を殺せば政治が変わると思えるから起こるのである』-----塩野七生『ローマ人の物語Ⅶ 悪名高き皇帝たち』
例えば、独裁国家(イラクや北朝鮮)で国家首脳を暗殺すれば、国家体制は確実に変わる。だが、民主主義国家ではどうだろうか? 民主党政権から共和党政権への政権移譲があっても、国家の外交政策は基本的には変わらない。例え、首脳が暗殺されたとしても、外交の姿勢は国際環境が変動しない限り変ることはない。
なぜならば、民主主義国家において政治の意思決定は主権者に基づくからだ。かのローマ帝国においても、有権者は「元老院及びローマ市民」だった。勝手な振る舞いを行えば、皇帝といえども元老院やローマ市民によって殺される可能性があった。さすがに、現代では選挙による洗礼を受けたり、弾劾によって政治的に抹殺されという形になるが
政治だけでなく、経済のシステムが複雑化するということは、同時にシステムへの参加者が増え、少人数で特定の人間の意志が反映されにくくなることを意味する。それは例えば、民主主義とか市場経済というもので、前者は「政治は国民が決める」、後者は「経済は市場がコントロールする」ことを意味する。だから、ある政治家を暗殺したところで、国の体制は簡単には変わらないし、ある銀行が潰れても共産主義革命がおこるわけでもない。
それでもテロがなくならないのは、第一にはテロ自体に明確な目的が存在するからだ。例えば、ロバート・ケネディーを暗殺すれば1969年の選挙には民主党には有力な候補者がいなくなるとか、シチリアの検察官が爆死すればマフィア裁判は延期になるとか、そういうミクロな目的が存在するからだ。
だが、今回の事件はどうだろうか? テロリストたちはゴールドマン・サックス銀行に1億ドル借金があるから、借金を帳消しにするためにWTCを吹っ飛ばすだろうか? ペンタゴンの建物に嫌な思い出でもあったのだろうか? (かなりの確率で)それは違うだろう。彼らが破壊を目論んだのは、そういったミクロ的な政治目的をもっていたのではなく、もっと大きな西欧社会だとか民主主義だとかパクスアメリカーナといったマクロ的な概念の破壊(権威の破壊・中傷)を目指したのではないかと思う。これが第二の理由(だけど、ちと結果論すぎか?)
権威の破壊だとかというのは、その権威が及ぶ人たち(権威の恩恵を受けるもの、不利益を得るものすべて)にとって、それが破壊されれば大きな心理的な効果を生む。そして、世界経済の混乱と言う形で、パクスアメリカーナの恩恵を受けているにも関わらずその権威を認識することが少ない我々にとっても、あの事件はショッキングで、影響は大きい。
原因論から考えれば、我々が依存する経済、金融システム、安全保障体制、エネルギー問題、援助構造、巨大多国籍企業なんてのは、バラバラに認識することはできても、それらを総体として認識することはなかなかないだろう。だが、「搾取されていると思っている人間」にとっては、それらは巨大な一個のパワーであり、それらを認識しようとしない人間は犯罪者であり、悪魔のように映るのだと思う。(例えば、汚職がおこると汚職した公務員だけじゃなくて行政システム全体を悪と決め付けたりするのに近いかもね) その権威を破壊することは、我々に理解できなくても彼らにとっては大きな意味を持っているのだろう。
まぁそこまで計算ずくでやったのかどうかは知らんけど、こういう形のテロって前世紀の始めのロシアやドイツであったくらいだから、いろいろな意味で政治家や学者は混乱してると思うな
#ボクも混乱してますね>文章とか論理とか。 もう少し体系的にまとめてみます