von_yosukeyanの日記: 韓国の小切手
どうも、韓国はチェックトランケーションを一部実現しているようだ。小切手といっても決済の大半を占めるのは、自己宛小切手の話なのでちょっと話的には微妙ではあるが
一応韓国の銀行事情について書いておく
韓国の銀行は、李王朝末期から日本植民地時代に設立された名門銀行、戦後の独立後に設立された銀行、そして1970年代から90年代初頭にノンバンク・短資会社として設立された後に銀行に転換した会社、政府系金融機関として設立されたが後に民営化された銀行の4種類があった。これらは、1998年の通貨危機後に経営危機に陥り、大半が2000年に韓国預金保険公社から公的資金を強制注入され国有化された。そうでなかった銀行も、資本の大規模な入れ替えを行うために、外資の導入を行わざるを得なかった
地方銀行の大半も、こういった経済危機の影響を受け、自己資本の充実を通じて国有化されるか完全に整理された。国有化された後も、大銀行と合併したり整理の場合でも大銀行に資産継承を行ったので実質的には金融の集中化が極度に進行した。しかも、それらの金融機関は政府の公的資金と共に外資の導入を進めたので、国内資本系の銀行はほとんどなくなった
ところで、韓国の中央銀行は韓国銀行である。大韓民国の成立と共に設立された中央銀行で、韓国の金融行政は韓国銀行を中心に公的金融機関である韓国産業銀行(KDB)がその任にあたっている。経済危機後の財閥解体は、主に預金保険公社の株式所有を背景に、KDBが中心になって産業整理が進められてきた。資本関係が希薄化している現在でも、KDBは多額の債権を抱えた企業に対しては、民間銀行を中心とする銀行団に強い発言力を持っている
韓国銀行は戦後設立だが、元々は植民地時代の朝鮮銀行の強い影響を受けている。韓国の中央銀行制度は、元々日本の植民地時代に基礎が形成された。1874年ごろ、日本の第一銀行は朝鮮支店の設立を企画し、三井財閥の反対から第一銀行設立者の渋沢栄一子爵と大蔵財閥の共同出資による個人事業としての進出を果たし、1878年に正式に第一銀行プサン支店が設立される。当初は貿易金融が主体であったが、序所に日本の植民地支配に伴う公金取扱残高を増やし、1905年にはついに第一銀行朝鮮支店が朝鮮通貨を独占的に発行するに到る。これは、すぐに政府によって設立された韓国銀行に引き継がれ、1909年には韓国銀行は名称を朝鮮銀行に変更し、政府による中央銀行として機能しはじめる
#現在、韓国にも第一銀行(KFB)があるが日本の第一銀行とは関係ない。日本の第一銀行は、戦中の三井銀行との合併を経て、1972年に日本勧業銀行と合併し第一勧業銀行(DKB)となる
朝鮮銀行は、日本興業銀行と同様に商法上の株式会社形態を取りつつも銀行条例(銀行法)の適用を受けず、特別法を設立の根拠とする特殊銀行である。しかし、中央銀行として銀行券を発券しながら、日本国内で商業銀行業務を行うというかなり特異な形態をとった。このため、敗戦時には朝鮮銀行の資産は韓国に帰属したが、日本国内に残された支店財産はそのまま日本政府に接収され、その残余財産を元に設立されたのが日本不動産銀行(現在のあおぞら銀行)である
こういった経緯をたどったことから、韓国の法定通貨や紙幣は日本の通貨に極めて酷似している。例えば、法定通貨は10ウォン、50ウォン、100ウォン、500ウォンの4種で、紙幣は1000ウォン、5000ウォン、10000ウォンの三種がある。500ウォンは日本の500円玉に形状が酷似しているために、偽造500円として流通したことがあった。500ウォンは日本では50円ほどの価値しかないので、変造しても割が合ったのだ
問題は、紙幣の最高額面が10000ウォンしかないという点である。いくら韓国の物価水準が低いとは言え、少し高額な商品を購入しようとすると大量の紙幣を持ち歩かなければならない。そこで、高額紙幣の代わりに銀行が発行する自己宛小切手が広く普及している。額面は10万ウォンが大半で、銀行の窓口やATMなどで入手することができる
韓国がチェックトランケーションの導入に踏み切ったのは、膨大な小切手交換の低コスト化を推し進めるためであると言える。ただ、現在10万ウォン札の発行が検討されるなど自己宛小切手の大量発行状態が現在のように継続されるのか不明である。また、98年の経済危機以降、金大中政権はクレジットカードの利用を奨励・義務化したために決済シーンは小切手からクレジットカードや振込決済にシフトしており、小切手交換システムが現在の規模よりも大きいシステムが必要なのかどうかはかなり疑問に思える
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