von_yosukeyanの日記: 法務と電子書籍 3
http://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0411/09/news006.html
なんだかねぇ 判例集なんて電子化されてる最古のコンテンツって言ってもいいと思うんだけど。ジュリストとかDVD化されてるし、HDDにインストールして事務所全体で共有検索かけられるし、各種の有料データベースとかってコンテンツ課金モデルで最も成功した部類じゃないかね? 真面目な話
で、電子辞書みたいなパーソナルなメディアに突っ込める容量から考えると、こういうのを持ち歩くってのは非常にダメだ。せいぜい最高裁民事判例集全巻のテキスト化くらいじゃない? 法務省の訴務月報でも結構な容量あった気がするけど、下手すると普通に判例百選買って持ち歩いた方が軽いとかなりかねん
なんか、こうペーパーメディアの電子化とかいうと、変な文化人が「これで文化が変る」とかパラダイムシフトだとか大騒ぎするか、全くのその逆な反応が多いけど、ペーパーベースだろうと電子化されているメディアだろうと、それ自体が重要なんじゃなくて、媒体そのもののライフサイクルだとかワークフローを見渡してどう効率化するのか、という観点が欠如している。それは電子化以前と以後で劇的なコストの削減があるとか効率化ができるとかなら話はわかるが、単に置き換えで場所が減るでしょ、とか軽くなるでしょという話なら激しくどうでもいいし、ペーパーベースと同じように「辞書はいつも持ち歩く」の延長上で電子辞書を持ちあるくなら、今までどおり小六法持ち歩くよ、マジで
大体、ローの学費と生活費だけでひーひー言ってるのに、電子書籍の教材代で10万オーダーってしゃれにならん。まだ、10万台だったらその辺のノートパソコンにPHS繋げて有料データーベースに従量課金で接続した方が現実的だし、それで充分な気がするよ
司法部の電子化が遅れてるってのは、個々では電子化は行われてるけど、ローファームと裁判所の間とか、裁判所と検察当局の間とかで電子的に文書をやり取りできないから、ペーパーメディアでトン単位の文書が飛び交うことになる。さっさとやりゃいいんだけど、予算もノウハウもないから最高裁は国側に丸投げ状態ってのがナニだ。そもそも、裁判所の庁舎の建替え費用だとか、不審者対策に銃刀物の持ち込み検査用のX線探知機だとか検査用の人員を確保する予算すらなくて、弁護人とか被害者が傍聴者にぶっ刺されるとかふざけた事件がおきるわけだ。司法予算に3000億しか割かないんじゃ仕方がないが
ファームの電子化に遅れ、というのも個々のローファームを見ると小ぶりなファームが多くて規模の大きいところだとそれなりの電子化は行っているし、そもそもわが国の司法を担っている重要なファクターである企業の法務部(弁護士なんてあんまりいなくて大半は大卒か院卒のパラリーガル)なんかだとそれなりの設備が整ってるし、某関西系の大手家電メーカーの特許部なんか資料検索用にAlphaServerの最大構成システムのクラスタでデータ検索システムを備えていたりする
企業が法務活動を抱え込むのではなく、ファームに蹴り出すという傾向は司法的な解決手段に移行する傾向からある程度はあるにせよ、そういったところからパラリーガルをプロの弁護士に持っていこうというロースクールの理念がぶっ潰れたわけだから、そろそろ制度自体を考え直す時期にはあると思うが。要はうだうだ言ってないでばっちり司法予算つけて、最高裁も自主性を持って対応しろってこった
その通りでございます (スコア:1)
氏は東大時代に机の上に読みもしない本が重なって行くのがいやだったらしいので,そのトラウマがあるのかもしれません.
判例が電子化されて一番ありがたいのは検索性なので,全文検索に時間のかかる電子辞書レベルのCPUパワーではどうしようもないし,電車の中で判例検索するプロもいないだろうと.コンピュータ使えればノートPCにインストールしているし,使えなければ検索のために文字入力するのも四苦八苦だろうし.
末端の者としては裁判の公開性ということで法務省がデータベース化してくれてテキストファイルなら無料でダウンロードさせてもらいたいのですけれどね.ここ [courts.go.jp]でやっている検索だけではなくて,アーカイブごと落とせればスタンドアロンの環境は自分でなんとかできるのですが.(って私が使う訳ではないですが)
医学書で言うなら写真の重要性が高いので現状の端末では解像度低すぎだし,たった一つの図を見つけるのにWindows立ち上げてアプリ立ち上げてよりも本棚に行って来た方が早いこともあるしと,結局何のことを言いたいのか分からないですね.
kaho
Re:その通りでございます (スコア:1)
判例は事例としての重要性もあるんですが、それ以上に法規創造性があるから重要なのです。「~法」とか言ったりする法律の条文は、法律全体から見れば単に法制度の大まかなフレームを構成しているに過ぎず、法律の解釈を行う上では施行令(政令)や施行規則(省令・最高裁規則)や、実際の適用判断としての判例があって、法解釈学が学説としてそれを体系化して初めて法システムと言えるのです
例えば、刑法230条(名誉毀損)の「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は」という下りがありますが、「公然と」とはどういう意味か、「摘示」とはどのような手段を言うのか、「人」とはどこまで指すのかこの条文だけでは不十分になります。例えば「クレタ人」や「法人」は人にあたるのか、公然ととは「人通りの少ない裏路地の見えないところにこっそり落書きした」場合でも公然性はあるのか、といった問題です
そこで、刑法の場合だと法律が罰する罪というのはセットになって必ず保護法益(名誉毀損罪だったら人の名誉、殺人罪だったら人の生命)があって、制定者が想定した保護の対象というのがまずありますし、判例が個々の条文において『「公然と事実を摘示」とは不特定多数にある事実を知らしめる可能性があれば足りる」とか判断しているのを踏まえて、複数の学説が解釈を試みてはじめて「名誉毀損罪の解釈」というのが成り立つのです。で、これを体系化したのが最高裁(民事・刑事)判例集だとか、判例六法とか、判例百選といった判例集であり、闇雲に過去の判例すべて判例法を形成している、という訳ではないのです
#米国やイギリスといった英米法体系国家でも同じ、というかむしろ体系化がかなり厳格
そういうわけで、判例集は量とか検索性よりも、法文と判例体系とそれに対する学説がセットになって初めて法解釈学と言えるので、学習の場面だと電子辞書化のメリットなんてあんまりないと思ったりするんです。せいぜいかばんが少し軽くなる程度で、結局六法や教科書や判例集持ち歩くんだから同じじゃないかと。もちろん、特許や実務になるとそういうのが必要になる場面がいろいろ出てくると思いますが、それは電子辞書にぶち込めばOKという世界ではないのでやっぱりアレなんですが・・・。
Re:その通りでございます (スコア:1)
法律を勉強する人間や研究する人間にとっては量が問題でないというのは理解しているつもりです.
想定していたのは立花隆氏がいう「判例集を本棚に並べている実務家」のことで,そういう人がなぜそんなに必要かと言えば,実務でどういう場合に重過失/軽過失になるのかとかどの程度だと信義則に反したとされたのだとか,論戦上の根拠を挙げたりするのに必要なのだろう,と想像して,それを前提に話していました.
自分が論文試験で書いて通った学説では「クレタ人は人でない」とされていても最近の判例では「クレタ人も人である」が多くなっていたとか,思い込みで主張すると相手に隙を与えることになるでしょうし,判決に信義則を持ち出されたときは個別の事例を読まないと誤解してしまい易いですしね.
で,そういう実務家には検索性が重要だろうという意味で.
だいたい受験生はお金がないので高い本やカセットはコピー^H^H^H節約して,判例集はお金もスペースも必要性もないので買わないですよね.
kaho