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von_yosukeyanの日記: 個人情報保護と信託説(1)

日記 by von_yosukeyan

篁風日記から、信託説アプローチに対してコメントがついたので少し書いてみる

個人情報の保護は憲法上の権利とどのように結びつくのだろうか。個人情報の保護は、憲法13条に代表される人格権と結びついた権利として理解され、この中でも名誉権やプライバシー権、自己決定権に関連した権利として考えられる

プライバシー権に関するリーディングケースとなった「宴のあと」事件(東京地裁昭39-9-28,下民集15-9-238)に代表されるように、従来プライバシー権に関する議論は、メディアによる表現行為と人格権の保護との均衡問題として捉えられてきた。表現行為に対する事前抑止理論を明らかにした北方ジャーナル事件(最高裁大法廷昭61-6-11,最民集40-4-872)において、「プライバシー権」という言葉を使用することを慎重に避けながら次のように論じている

名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止を求めることができるものと解するのが相当である。けだし、名誉は生命、身体と共に極めて重大な保護法益であり、人格権としての名誉権は、物権と同様に排他性を有する権利というべきであるからである


#同判決で、最高裁は事前抑止要件として「表現が真実ではないこと」「公益を図る目的ではない」「被害者が重大かつ著しく回復困難な損害を被るおそれがある」ときに、例外的に事前抑止は許されるとした

このように、従来のプライバシー権の立場からは、プライバシー権は「宴のあと」事件判決で示された「私生活をみだりに公開されないという保護法益ないし権利」であって、保護法益をかなり狭く解釈してきた。一方で、個人情報の保護は狭義のプライバシー権とは異なり、個人を特定可能な情報であって、第三者に公開されるのではなく、収集と利用の段階で自己に関する情報のコントロールを行おうとするものだ

学説は、従来の人格権やプライバシー権の範囲を、下級審判決(大阪空港訴訟控訴審判決、大阪高裁昭50-1-27)を援用して拡張を試みてこの問題を解決しようとしている。特に、プライバシー権を広義に捉え、単に私生活をみだりに公開されないという消極的な立場だけでなく、自己に関する情報をコントロールする権利として積極的に解釈する立場が有力になっている

しかし、このようなプライバシー権の拡張は、従来の名誉権の拡張に過ぎない。つまり、公権力や大企業からの権利侵害を抑止するための権利として理解されているが、個人情報の利用は単に利用を禁止するのではなく、個人の積極的な関与によって利用範囲をコントロールするものと考えるべきである

そうすると、「自己に関する情報をコントロールする権利」とは、名誉権やプラバシー権とは独立して、人格権を構成する独自の領域であると考えた方が理解はしやすい。むしろ、プラバシー権より自己決定権から派生した権利であるといえ、個人情報をコントロールすることによって、個人の自立的な社会関係の形成に資するものと言える。そして、その侵害は一般の不法行為では損害賠償権しか認められていないが、人格権一般の侵害に認められているように「物権と同様の排他的な権利」であり、利用の差止請求権や開示請求権、訂正権などが基本権として認められるべきである、と考える。そこでは、「物権と同様な排他的な権利」であって、所有権のように契約によって譲渡可能な権利であると見るべきではないだろう

一方で、単に個人情報を個人を識別可能な情報、とする場合には、個人情報の範囲は際限なく広くなる。例えば、コンビニエンスストアに設置された防犯カメラに移った映像も、個人を識別可能な情報である、とするならば個人情報保護は狭義のプライバシー権の領域にまで、収集や利用に排他的な権利を認めることになる。個人情報保護問題を考えるときに、やはり狭義のプライバシー問題と同様に、個人情報保護は企業の営業の自由との均衡問題であると言えるからだ

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