パスワードを忘れた? アカウント作成
546708 journal
NTT

von_yosukeyanの日記: 建築確認問題とみずほ証券のフェイル 4

日記 by von_yosukeyan

この二つの話をひとくくりにするのはどうかなぁと思うが、何分にも共通することがあるのでちょっと思ったことをつらつらと

構造計算書偽造問題とみずほ証券のフェイルの話は、どちらも「誰かが『責任を取る』ことで解決する問題ではない」という点だ。「責任」というが、社長が土下座したり辞任すれば済む問題でもないし、当事者が加害者(?)にとってもらいたい「責任」とはそのようなものではない

当事者が求める究極の責任の在り方は、『原状回復』だろう。構造計算書の場合には、耐震強度がある建物にすることであるし、フェイルの件ではジェイコム株の適正な受け渡し(決済)であろう。しかし、現実的に言えば、偽造問題では建築主にその資力がないので建て替えによる『現状回復』は不可能であるし、フェイルの話だと市場流通量の240倍、発行済株式の40倍近い株式が売りに出されたわけだから『原状回復』など行えるはずがない

しかし、当事者にとっては『原状回復』の程度や方法がどうであれ現住する建物からの退去の必要があるし、それに必要な当座の資金や転居先探しといった現在直面している問題をどうするのか、という問題が目下のところの重要な問題だ。フェイルの話でみると、受け渡しは不可能だが、証券はT+3で決済しなければならないわけで、その間当事者は資金の回転ができないわけだし、ジェイコム株をいつまでも売買停止にするわけにはいかない。要するに、危機(アクシデント)が発生した後に、危機の拡大を防ぐための方策というのが必要だ

もう一つの問題は制度(システム)だ。強度偽装問題も、フェイル問題も、建築確認制度と証券決済制度という極めて公的な制度の存在そのものが問われる重大な危機が発生しているわけだ。先日、ある番組で元特捜検事が「行政法規には罰則を予定しているものが少ないのが問題だ」という趣旨の発言をしていたが、失礼ながら法律家の発言ではないと思った。行政法規が予定する行政罰とは、単純に言えば行政法規に服従させるために予定する罰であり、刑事罰のように例えば「人を殺してはならない」と言った法益保護の場合とは大きく異なる。行政罰を増やしたり、行政罰の程度を重くすることによって得られる効果は、行政システムに瑕疵がない場合に限られ、システム(制度)の瑕疵を担保することはできない

例えば、建築基準法上の耐震強度は、「将来発生する地震に対して」完全なものではない。歴史的に見れば、建築基準法は地震など大災害が発生するたびに耐震強度に対する規制を強化していった経緯があるし、ぶっちゃけ古い規制に基づいた建物というのは、現状の規制に適合しない。つまり、適法に建てられた建物全てが将来起こる地震に対して耐震性を具えているわけではないし、建築基準法は現存する建物すべてにあらゆる災害に対する耐性を要求するものではない。言い換えれば、行政法規は危機の発生を最小限に止めるための制度(システム、しくみ、からくり)であるのに対して、刑事法規は危機の発生を阻止するための威嚇(おどし)である。同列に語れるものではない

漏れは、制度設計者(立法府とか)が(一義的に)責任の所在を追及する必要はないと思う。そんなものは、当事者間の問題でもあるし、最終的には司法府に任せておけばいい話であって、制度の瑕疵をどう修正するかに問題を絞るべきだ。制度の瑕疵を修正するための、事実関係の把握はもちろん必要だろうが、事実関係の把握そのものが目的ではないという点を忘れてはならない

また、今回の偽装問題やフェイル問題のように、責任所在が不明確で制度上の責任担保の関係が複雑な場合、当事者の司法救済には凄まじい労力と時間がかかる。刑事的な責任追及だけでは、発生している事態の拡大を防ぐことはできないし、当事者は救済されない。それはある意味当然なことで、殺された人が法の救済によって生き返るわけではないし残された者の傷が刑罰だけで癒されることはない。罰則による威嚇ないしは当事者の断罪が必要がないと言っているわけではないが、刑罰や損害賠償によって得られる結果(司法的救済)は、当事者が求める『原状回復』にはならないことは当然である。そして、当事者の求める『原状回復』という理想的状態と、司法的救済という現実的状態にギャップがあればあるほど、制度に対する不審感は払拭できなくなり、制度の維持は益々困難になる

これは、ある意味で二つの事件がインドネシア化の危険があるということだ。インドネシア化とは、1998年の経済危機以降、インドネシア政治・経済が直面している構造的問題である。経済不振の原因は経済システムそのものにあるのに、システムの改革を行う唯一の存在である政府に対して過剰な期待がかかってしまった。問題が発生すれば、すぐに世論や立法府は「政府が何とかすべきだ」ということになり、行政府は場当たり的な対応でお茶を濁し、システムの改革に着手できない。そのうち、また新たな問題が発生し、その対処に労力を奪われる…といったスパイラルに陥っているのがインドネシア化である

偽造問題では、国土交通省が住民に対して土地の買い上げと、建物の再建という救済スキームを発表しているし、フェイル問題では現金による差額決済が行われ、一部大手金融機関は利益の返還で合意した。しかし、これは危機の拡大を防ぐことにはなっても、当事者をある程度満足させるための最終的な司法救済ではないし、これで制度の瑕疵を修正することにはならない。そして、建築士や建築主・施工業者が断罪されたところで、また東証会長・社長が引責辞任したとこで問題を問題を終わりにはできないし、終わりにしてはならない

日本にリスクコントロールや、危機管理といった概念が入ってきて数十年が経つが、未だにこの意味を理解し、生かすことができる人間がほとんどいないというのは、実に不思議なことだ

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by hongokucho (29531) on 2005年12月15日 11時49分 (#849686)
    同感です。やっとコメントできました。
    • by von_yosukeyan (3718) on 2005年12月16日 3時42分 (#850198) ホームページ 日記
      ちょっと向こうで長いコメントが投稿しずらいので、こっちで書いてみます(向こうで書こうと思ってたんですが、こっちで書こうと思った途端に長くなってしまったのはご愛嬌)。それにしても、Slashdotにもトラックバック機能があればいいなと思いますが、いい加減使いにくい…。

      東証のシステム体制に関してですが、ちょっと思うことがあります

      最近米国の市場調査会社が、今後数年以内に企業の情報システム部門は消滅するのではないかという刺激的なレポートを発表してちょっと話題になりました。内容を要約すると、企業の情報システムはビジネスプロセスと不可分な関係にあり、現在企業の経営企画部門とは独立している情報システム部門のシステム企画部署は、企業統治の観点から見れば孤立し、経営環境の変化に対応できず、機能不全に陥りつつある。だから、やがて情報システム部門は、経営意思決定システムにより近い場所に吸収され、消滅するだろう、と

      実際に、多くのネット証券のシステム部門は、経営企画部門とほとんど同じような部署になっています(それはシステム部門の経営企画への関与の強化なのか、または逆なのかは議論の余地があると思いますが)。情報システムへの依存度が高い金融業界においては、むしろ自然な状態だと思いますが、実際にはこういった取り組みを行っている金融機関は、伝統的な企業であればあるほど逆行しています。その典型が、アウトソース化や共同システム化による外部依存性の高まりです。具体的に言えば、元々金融機関が抱えているシステム子会社のうち、企画部門だけを金融機関本体に残して、子会社を人員ごと外部に売却しオフバランス化する方法が大半で、東証の場合だと、企画部門が東証本体に、設計が富士通などシステムベンダー、システム運用は東証子会社のTCSと分業化・分断化しています

      確かに、金融機関はシステム部門をアウトソースすることによって、経営資源を本業(?)に集中化させて本部機能をスリム化することができますが、少し目先のコストに目を囚われすぎてはいないかと思います。システム部門のアウトソース化の動機は、システム部門の技術水準の維持と、システム部門の抱える人員の給与体系を外部化することによって人件費を抑制すること、ソフトウェアの外販や共同化によってシステム部門そのものを商品化するという三つの要因があると思います。特に人件費の抑制が大きな目的であるように思えますが、実際にはアウトソース化によるコスト削減というのは、アウトソーシングが発達している米国でも、インソースとアウトソースによるコストの差異はそれほどないというのが実態のようです

      それはある意味で当然のことで、アウトソース化によって金融機関は、外部化したリスク要因を適切に管理するために、企業統治の体制を再構築する必要があるからです。これは、例えるならかつてのわが国の金融行政が、銀行局やBOJの指導を前提とした行政システムが、自由化によって検査とルールの適用を中心としたFSAに変化したのに酷似しています。自由化の流れによって、現在のFSAの体制がかつての銀行局時代よりも人員も経費も減ったのか、というと全く逆で、国家公務員総定員の抑制状況下において唯一人員が増えつづけています。リスク要因の外部化は必ずしもコスト削減には結びつかないということでしょうし、一部の機能を外部に切り出したからといって、経営体制を変化させないというのは不可能に近いと思います

      だからといって、私はアウトソースをやめてインソースに戻せと言いたいわけではないですし、ましてや情報システムへの依存度を低めたり、ペーパーベースでのバックアップ体制を構築しろという主張でもありません。情報システムをアウトソースしている組織に、たまたま問題が顕在化したというだけであって、インソースの組織にも経営環境の変化によって問題が生じている可能性は高いと思います。それは、単にインソースだった時代にも、多々のアクシデントが発生していたと思われるし、実際にニュースにならない、なっても大きく報道されないアクシデントは過去にもあったでしょう。しかし、証券取引や銀行決済、そして中央銀行においても日銀ネットのRTGS化や、全銀TCP導入など、拡大するネット取引や、リアルタイム化によるリスク軽減など、従来の金融機関の業務が、情報システムを通じて疎結合から密結合へと変化しているためであると思います

      それでも、情報システム部門をアウトソースしている組織が危険であると思うのは、企業グループ内で分業化・アウトソース化を進めた結果、経営とリスク管理部門、情報システム部門の距離が遠くなっている(疎結合化)点であると思います。そして、金融機関の統廃合により、情報システム部門内部でも疎結合化は進行しています。実例を挙げると、MUFJグループでは商銀の勘定系を担当するシステム子会社とベンダーは、情報系を担当するシステム子会社とベンダーとは別です。信託のシステムも、同じように勘定系、情報系、信託関連のシステムと、証券代行が別ですし、証券も投資銀行部門と窓口・ネット系の営業システムと全く異なる会社が担当しています。これに、各ベンダーの子会社、下請け、孫請け、ひ孫請け、ネットワーク、端末、ATM装置を担当する企業を加えれば、極めて巨大な開発・運用体制を維持していることになります

      こういった開発現場と、経営の間の距離はシステムが巨大化するに従い遠くなっていますし、物理的にも青森の金融機関の勘定系システムが岡山の開発拠点で稼動しているいったことはすでに現実化しています。要するに、ここで指摘したいアウトソース化の危険性とは、(子会社に抱え込むか抱え込まないかに関係なく)意思決定機関とシステム部門の距離が遠くなっていくことです。そして、その現状に対して企業が適切な内部統制システムを具えているかというと、どうも疑問に思えます

      もうひとつ、あまり話題になっていませんが、問題になったジェイコム株の件です

      ジェイコムの株式は、上場時の売り出し株式数が3000株(うちオーバーアロットメントによる売出し200株)しかなく、発行済株式の25%以下に過ぎません。ジェイコムに限らず、マザーズやヘラクレスなどの新興市場に上場している株式の大半がジェイコム同様に市場流通量が少なすぎます。そして、筆頭株主(社長)が60%近い株式を保有している上に、大株主の第四位までが社長親族か個人会社の保有になっています(第四位には義務教育中の社長の娘さんが名を連ねているくらいです)。こういった流動性の低い株式の存在は、新興市場創設時においても、流動性が低く取引低迷の理由に挙げられていました。東証一部企業とマザーズ企業が同じシステムや(似たような)監視体制で果たして大丈夫なのかという危惧があります。今回のフェイルの件で、東証システム側のシステム仕様上の問題は、新規上場で以前にどこの市場にも上場していない(初値が未確定)な株式で顕著化するものでした。今まで、地方市場や二部から成り上がってきた大企業の上場を手がけてきた東証で、こういった新興企業の上場に対応するシステム設計体制がなかったのではないかとも思ってしまいます

      プライマリー(引受)側の問題もあります。ジェイコムの上場では、プライマリーに支払った手数料は(副幹事の取り分を含めて)数千万弱であるそうです。今回のプライマリーは、日興シティグループ証券でしたが、この程度の手数料で商売になっているのかはちょっと疑問です。大手証券に限らず、プラマリー業務は準大手や銀行系証券にとっても貴重な手数料源となっていますし、関連会社のVCやプライベートファンドを通じて上場益を得ることで最終利益を得ている感じがします(実際にジェイコムの主要株主には日興系とみずほ証券系のファンドが名を連ねています)。とにかく上場させて、売り抜けることが目的になっている感じすらあり、引受部門に過剰に圧力がかかっているのではないかと思ってしまいます。これは、上場時の監査法人にも同様なことが言えます

      米国の新興市場、例えばNASDAQ(ボリューム的には東証の年間取引量と同じくらいを扱ってます)でもIntelやMicrosoftのような大手企業株も取引されていますが、マーケットメイク方式で値付けを行い一定の流動性の確保を行い、異常な取引に関しては(NYSEのように市場全体をシャットダウンする機能はないが)サーキットブレイカーのような仕組みもあります。何より、ジェイコムくらいの流通量の少ない株式なら、NASDAQ予備軍でもあるピンクシート市場(OTCで取引されています)で流通するのが一番合理的に思います。しかし、わが国の場合東証への一極集中が進む一方で、単純な値幅制限を一律に課しているだけで、有効な市場監視機能が存在するようには思えません

      みずほのフェイル問題は、単に一企業のオペレーションミスに止まらず、市場システム全体に対する問題であるように思えてなりません。意外に根深い問題でもあり、FSAやSEC、BOJも公式に介入すべき問題であると思いますが、どうもプレス段階の発言を見るにつけ、他人事のような発言が多いのがどうも気になります

      ところで、反革命サボタージュ非常取締委員会の初代議長は、フェリックス・エドモンドビッチ・ジェルジンスキーで、彼の名を冠したソビエト製のカメラ(ライカのコピー)はFEDとして知られています
      親コメント
      • by hongokucho (29531) on 2005年12月19日 14時00分 (#851648)
        大変興味深い内容です。情報システムは経営上の重要ツールである以上、アウトソーシングはツールの遠隔操作につながり、経営陣がシステム関係への深い造詣があればまだしも、そうでないと使い勝手が悪くなり、経営の自由度を奪うリスクがあると思います。一方、システム部局は外注先のシステムベンダーの意向もバックに「王国」を形成しやすく、内部にあってさえ使い勝手が悪いものが、アウトソースによってその傾向が強まる可能性もあるでしょう。日本の銀行は、現金対応の利便性を極度に進めた結果、勘定系が巨大化かつ硬直化し、利便性を落とすか、利便性維持のコストを顧客に転嫁させるかしないと、リテールの採算は悪化するのではないかと思われます。リスク管理の面でも、ご指摘のようにアウトソーシングのメリット・デメリットを良く考えないと、今回のようなイベントドリブン型で対応していくと、コストが増大していく可能性はあります。  なお、日銀は信用秩序維持の観点で東証側の対応に重大な関心 を示しているようです、当然ですが。  「FED」の件、参考になりました。
        親コメント
        • >システム部局は外注先のシステムベンダーの意向

          ちょっと補足しますと、金融機関の中でも大手銀行とITベンダーとの関係はそれほど一方的な関係ではありません。よく、三菱UFJはIBMだとか、みずほは富士通だとかといった報道がなされますが、ITベンダーとて大手銀行のシステム部門に影響力を与えるほどの関係ではなかったりします

          金融機関のシステム、特に都市銀行の勘定系システムと呼ばれる預金勘定を扱う巨大なオンラインシステムは、ほとんどの銀行でメインフレーム(大型汎用計算機)と呼ばれる巨大なシステムを使用しています。メインフレームは、PCとは異なりプロセッサやOS、ハードウェア、ミドルウェアといった主要構成部分を1社が提供する非常に強力なシステムで、世界的に見ても最大手のIBM(z/Series,S/390)のほかに、日立製作所(MP/VOS)、富士通(GS)、NEC(iPX/ACOS)、UNISYS(2200,ClearPath)と5社程度しかありません。このうち、UNISYSはメインフレームから撤退傾向にあり、大規模系システムにはPCサーバを供給していますし、日立は独自開発を放棄してIBMからメインフレームプロセッサの供給を受けています。また、独自のプロセッサを使っているNECは元々シェアが小さいというのがありますし、IBM互換の独自システムを開発していた富士通は、互換性を放棄して独自開発に切り替えているので、IBM以外のメインフレーマーは国内市場以外に活躍の舞台がないと言っても過言ではありません

          大手銀行の勘定系システムには、BTMとりそながIBM、UFJとみずほコーポレート銀行が日立製作所、日本郵政公社とみずほ銀行が富士通、SMBCがNECとある程度棲み分けができていますが、今後合併によってUFJを失う日立が大手銀行の勘定系システムへのメインフレーム供給を失うという事態は、メインフレーム事業の消滅の危機があるほど危険な状態にあります。また、みずほ銀行は将来的にMHBKとMHCB、みずほ信託(IBM)のシステムを共通基盤に置き換える構想を持っており、どちらかのベンダーが落ちるという可能性もあります

          大手銀行がメーカーに対して影響力を持っているのは、有力な顧客という以上に地方銀行に対する影響力も挙げられます。例えば、BTMは三菱系親密地銀との間でシステム共通化を行っていますが、これ以外にも大手銀行は、システム子会社やコンサル子会社を通じて、地方銀行のシステム開発支援を収益としている場合が多く、大手銀行のシステム選択が地銀に与える影響というのはかなり大きいと言えます

          もうひとつ、ベンダーと大手銀行の間が一方通行ではない理由としては、合併によって各行とも特定のベンダーに依存するのではなく、勘定系システム以外では他のベンダーと共同するマルチベンダー構成になっているという点です。例えば、みずほ銀行の勘定系は富士通(旧第一勧銀系)ですが、情報系システムと国際系システムはIBM(旧富士銀行系)といったように、複数のメーカーが供給している状況です。

          なお、メーカー系のITベンダーの他に、地銀に対する影響度が高いベンダーとしては、NTTデータがあります。NTTデータは、主に日立製作所製のメインフレームと勘定系パッケージをセットにしてアウトソーシングサービスやパッケージ供給を行っています。NTTデータは公官庁系システムでは非常に優位に立っているベンダーですが、日本郵政公社では富士通と共に強い影響を、りそな銀行ではIBM製メインフレームを使ってアウトソーシングを受注しています(日本郵政公社のシステムは、「外注先のシステムベンダーの意向」が非常に強く、メーカーの意向が一方的です)

          また、将来的に見ると銀行も勘定系システムにメインフレームを使いつづけるという状況は長くは続かないのではないかと思います。大手銀行レベルでは、今後10年はメインフレームを使うでしょうが、地方銀行の中では、UNIXやPCサーバを使い始めるところが少数ですが出てきており、SMBCやUFJでは勘定系システム以外ではこう言った一般的なシステムの採用を始めているところもあります。実際のところ、証券業界では最大手の野村證券が、現行システムではメインフレームをほぼ全廃するなど、オープン化が進んでいますし、世界的に見てもシティグループは米本土以外の拠点ではメインフレームが廃止されています。それでも、1社がハードからソフトを供給している上に、PCやUNIXと異なり運用サービスや開発に必要な豊富なリソースや、人員までも供給するITベンダーの存在は、やはり銀行にとっては欠くことができません

          蛇足ですが、日本の金融機関のシステムは技術的に見れば、世界の水準とそれほどかけ離れたものではありません。例えば、銀行ATMの24時間サービスを例にしてみると、欧米の金融機関は24時間稼動のために、勘定系システムを24時間稼動させるといったことはやっていません。昼間だけオンライン稼動させて、夜間はバッチ処理(会計処理、利子、税金の計算など集計業務やシステム保守作業などをまとめて行う処理)のためにオフラインとし、夜間のATMサービスは出金限度額を極端に下げることで負担の大きい勘定系の24時間稼動を避けているところが大半です。一方で、日本の金融機関の24時間サービスは、勘定系を24時間体制で動かして、ATMで預金取引があれば常に勘定系にリアルタイムにアクセスするという方法を取っています。日本が現金社会であり、欧米がカードや小切手社会であるという文化的な違いもありますが、やはりリテール業務における収益率の違いが、システムの技術水準の高さとうまくリンクしてないのではないかと思います。もちろん、金融機関のITガバナンスの問題も要因の一つだと思いますが…。

          ところで、東証社長が事実上更迭され、FSAと対立していた黄金株が突如解禁方針に変わるなど、どうもみずほのフェイル問題がFSAと東証の間の政治的懸案の道具にされているような気分すら覚える今日この頃です
          親コメント
typodupeerror

あつくて寝られない時はhackしろ! 386BSD(98)はそうやってつくられましたよ? -- あるハッカー

読み込み中...