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von_yosukeyanの日記: ロシアの民間航空機産業

日記 by von_yosukeyan

冷戦崩壊後の世界の民間航空機産業は劇的な変革に直面した。世界的に高いシェアを握る米国のボーイング社に対抗して、ヨーロッパの宇宙防衛企業が合同したエアバス・インストリの台頭と、カナダのボンバルディア社とブラジルのエンブラエル社の二大リージョナルジェットメーカーの成長、そして高品質な構成部品の供給で航空機産業における地位を獲得した日本の三菱重工業、富士重工業、川崎重工業などの日系サプライヤーの登場により、業界の構図は大きく変わった

この間、冷戦期に米国に次いで巨大な軍事航空宇宙産業を抱えていた旧ソビエトの航空機産業は、軍事用システムの供給では一定の地位を保持しているものの、民間航空機の生産では、ソビエト崩壊後から現在までの生産数がわずか100機にも満たないという壊滅的な状況が続いている。ロシア(CIS諸国)の民間航空機産業は今どうなっているのだろうか

ロシアの政治と経済を理解する上で、常に意識しなければならないのは、ロシアは非常に広いということである。産業や人口が集中するヨーロッパ部(ウラル山脈以西)と、天然資源や戦略上の拠点が存在するアジア部(ウラル山脈以東)を結ぶには、強力な航空輸送手段が必要になる。特に、シベリア開発においては、航空支援設備が整っていないアジア部に対し大量の重量物貨物を輸送する大型の輸送機が必要となる

こういった理由から、ロシアの航空機は未舗装の滑走路や航空支援設備がない空港に着陸しやすい強力な着陸装置や、メンテナンスフリーで扱いやすいエンジン、重量物貨物を搭載できる巨大な貨物庫を備えるなど、西側の航空機とはかなり異なる特徴をもっている。第二次世界大戦終了直後のロシアの航空機は、Tu-116(Tu-95長距離戦略爆撃機の転用版)も代表されるように、元々は軍用爆撃機や輸送機を民間用に転用したものが多く、航法士や射撃手用の窓が残っている旅客機などもあった。これは、同時期に開発された西側の旅客機にも言えることで、ジェット化時代の幕開けを飾ったボーイングB707は、空軍の空中給油機KC-135(原型のボーイング367-80)を原型として開発されたものだし別に珍しくもないが、ロシアの場合には軍用機の開発が大幅に先行し、そのオマケ程度に旅客機が開発されるという状況が長く続いた

ソビエトで初めて純粋な長距離ジェット旅客機として設計されたのが、Il-62である。イギリスのビッカーズ社が開発したVC-10に酷似した四発リアエンジンとナローボディという特徴的な構造を持ったIl-62は、1960年代に登場して以降ソビエトの国際航路における代表的な機材として長い間親しまれた。続いて1970年代に開発が開始された長距離旅客機がIl-86で、B747など西側のワイドボディ機に対抗して開発されたソビエト初のワイドボディ機だった

Il-86は、ロシアの航空機事情を克服する極めて特徴的な旅客機である。ロシアの地方空港には、タラップや貨物輸送用の施設が少ないために、Il-86には乗客が自身の手で手荷物を持って搭乗できるように、折りたたみ式のタラップが用意され、さらに手荷物を機内に格納するための施設が航空機に装備されている。しかし、1976年に初飛行して以来、実際に就役するまで6年近い期間がかかりあまり成功した期待としてみなされていない

最大の問題は、主動力として4基搭載されているKuznetsov社製のNK-86ターボファンエンジンの燃費の悪さである。NK-86は、Il-62に搭載されているNK-84ターボファンエンジンと同様に、バイパス比が低い低燃費のエンジンで、最大でも航続距離が5000キロ程度(実用的には3000キロ程度)と、同クラスの西側旅客機ばかりでなく、代替を狙っていたIl-62にも劣る有様だった。このため、Il-86の生産は伸びず、旧世代のIl-62の生産が1995年まで継続されるという極めて異例な事態となった

1988年に初飛行したIl-96は、Il-86の欠点だったNK-86に代わり高バイパス比なPS-90を搭載し、フライバイ・ワイヤやグラスコックピット化など西側の航空機に引けを取らない装備を搭載した。しかし、初飛行後にソビエト崩壊に直面し、実際に就役したのは93年と遅く生産数も伸びていない。輸出に関しても、海外市場を狙うために西側のプラット・アンド・ホイットニー製P&W2337を搭載したIl-96Mなどが開発されているが、やはり生産数は一ケタ台である

ソビエトの崩壊と、その後の急激な市場経済化は、同時期に西側の航空機産業がたどった道と全く逆を向いている。まず挙げられるのが、航空会社の急速な増加である

元々、ソビエトの航空業界は、「半官半軍」とも言える巨大国営企業アエロフロート社とその傘下企業が独占していた。アエロフロート社は、平時は民間の貨物需要を供給する一方で、戦時には軍に対して航空輸送サービスを提供するために、軍用の貨物輸送機を保有していた。そのアエロフロートが、ソビエト崩壊に伴い急速に解体され、民間航空会社の参入が自由化されたために、航空会社数は激増した。その多くは、アエロフロートがかつて使用していた旧式化した機材を、劣悪な整備状態で使用されたために事故が多発することになる

一方で、航空機産業は、軍やアエロフロートの要求仕様に従って設計を行う設計局と生産を担当する航空機製造会社が別の企業体が担当している。設計局は、設立者である主任設計技師の名をとって、スホイ、イリューシン、ツポレフ、アントノフ、ヤコブレフなどの各設計局が存在しているが、生産工場は全ソビエトに分散していた。このうち、設計局も生産工場もウクライナに集中していたアントノフ設計局はウクライナ企業となったが、ソビエト崩壊と構成共和国の独立により、サプライヤーが集中していたウクライナやベラルーシ、組み立て工場などがあったカザフスタンやアゼルバイジャンが独立して、航空機産業は分断された

90年代末になると、過当競争状態にあった航空業界は再編を繰り返すことになる。元々、所得水準が低く、一方で航空需要の高いロシアの航空業界は、旧来のソビエト製航空機に加え、アエロフロートなど海外路線を運行する大企業は、西側の中古機材を積極的に導入するようになり、B777やエアバスA320シリーズを購入するなど機材の更新を行う企業も増えている。しかし、西側の機材は非常に高価な上に、ロシアの航空事情に適していない機材も少なくない。そのため、地域需要を満たすための新型のロシア製航空機開発も進められているが、資金面や技術的な問題から頓挫している計画が大半である

典型的な例が、ウクライナのアントノフ社のAn-70とAn-140の開発の難航である。An-70は、An-12など中型ターボプロップ輸送機の代替として、ロシア軍とウクライナ政府の資金援助で開発された二重反転プロペラを採用した四発ターボプロップ機で、STOL性を重視した機体として一時期欧州戦術輸送機計画に挙げられるほど有力な機種だった。しかし、開発の遅れと要求仕様の変化によって、実質的に中型ジェット戦術輸送機Il-76MDと性能がかぶり、調達コストの上昇からロシア軍が採用を見合わせる検討を始めるなど、実用化には程遠い状況にある。もう一つの、An-140はコミューター路線向けの双発ターボプロップ機で、An-24などの代替用機種としてウクライナのクチマ政権の威信をかけて開発されたが、技術的なトラブルを抱え、共同生産国であるイランで墜落事故が発生するなど問題が多発している

こういったCIS諸国の航空産業が苦境に陥っているのは、前述したソビエト崩壊による経済的混乱と、水平分散型の設計・生産体制に加え、軍用機が海外においてセールスに成功しているのに比べ、旅客機では部品の供給体制や、保守に必要な人員や訓練サービスが不足しているという問題点がある。エアバスやボンバルディアなどの西側のメーカーが、部品や生産技術の獲得のために、提携やM&Aを繰り返して一貫的かつ垂直統合された生産体制を構築したのと対照的である

こういった問題点を抱えているにも関わらず、ロシアの航空機産業はロシア経済の復興基調に加え、市場規模の大きいCIS諸国の航空需要を満たすために、近年は復興の兆しが見られるようになっている。しかし、国有と民営の企業が複雑に絡み合った生産体制を、何らかの形でダイナミックな再編を行う必要があり、復興にはまだまだ時間がかかりそうな気配だ

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計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである

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