von_yosukeyanの日記: BW21に見る地銀システム開発の失敗(3)
90年代の長期不況において、金融問題が本格的にクローズアップされ始めた一つの契機と言えるのが、95年に発覚した大和銀行ニューヨーク支店事件である。80年代から、米国債のディーリングで不正取引を繰り返してきた大和銀行は、この事件によって米国のみならず海外業務全般からの撤退を決意し、都銀下位とは言え実質的にマネーセンターバンクの地位を放棄した初めての金融機関となった
中小銀行のみならず、大銀行の経営がゆらぎはじめ、市場からの資金調達に困難を来たし始めた96年以降、銀行はシステム投資に関して、非常に消極的になりはじめていた。ところが実のところ、第三次オンラインシステムといっても、それまでのシステム構築の経験や、標準の不存在を要因として、銀行のシステムの中身には天と地ほどの差が大銀行の間にすら存在していた
当時大銀行の中で、最もシステムが進んでいたのは、三和銀行と住友銀行という共に大銀行の中でも上位行であると同時に、関西系の都市銀行である二行である。これらの銀行は、70年代から続いていた関西企業の地盤低下と、関東への本社機能の移転によって縮小する関西経済に見切りをつけ、関東への進出を強化していた。三和銀行は、関東での支店の大規模な展開と、CD/ATMの積極的な展開によって個人顧客を重視する戦略をとり、キャッシュサービスの24時間化への取り組みが早かった。このために、日次・月次バッチ処理によるオンライン停止時間を短縮化するために、勘定系の正副交替運用等の取り組みが早く、先進的なシステム開発で知られていた。住友銀行の場合には、NCR系メインフレームからNECのACOS系メインフレームに稼動システムを転換した関係から、ACOSシステムの機能をフルに活用したシステム開発を行っており、96年には第三次オンラインシステムを刷新する第四次総合オンラインシステムを稼動させた。このシステムは、現在では(先進都銀では当たり前となっている)店群別システム概念を導入し、メインフレームによる分散処理化の先鞭をつけた事例でもあった
これに次ぐのが、三菱銀行・富士銀行といった財閥系都銀と、あさひ銀行・大和銀行・東海銀行などの中下位の非財閥系都銀である。これらの銀行では、第三次オンラインシステムのテーマであった、顧客属性の分析のための、情報系システムの整備に力を入れており、法人・個人顧客のニーズの多様化に対応した堅実なシステム開発を進めていた。この中でも、大和銀行は96年のニューヨーク支店事件以降、都市銀行としては初めてシステム開発・運用の外部委託(アウトソーシング)を決断し、その後北海道拓殖銀行が追随した。これが、後のベンダーによる地方銀行向けパッケージ・共同化システムの走りとなる
これに対して、第三次オンラインシステムの対応にも不十分な銀行として、第一勧業銀行やさくら銀行などがあった。これらの銀行は、合併行ということもあって、第三次オンラインシステム構築時に、合併対応のために新しい機能の追加ができず、前時代的なアーキテクチャ上に新機能を追加するという状況にあった。厳密には普通銀行でない、日本興業銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行、東京銀行といった長信銀・外為銀は、そもそも多数の企業や個人顧客を相手にする必要がない銀行であったので、やはりシステム的には石器時代に等しいシステムであった(とはいえ、高度なシステムが必ずしも必要ではなかった)
90年代には、こういった第三次オンラインシステム構築時にそもそも存在していた銀行間のシステムの格差が、さらに広がっていった時代でもある。銀行の収益環境の変化が、システムの出来によって左右されはじめたのもこの時代であり、インターネットや国際取引、金融自由化による銀行の業務範囲の拡大が、これに追い討ちをかけるようになる。こういった状況は、大手銀行に比べてシステム人員が小さい地方銀行においても同じであったが、地方銀行では大手銀行の再編そのものが、システム運用において問題になりはじめていた
当時、大手銀行とシステムベンダーの関係で言うと、富士通系としてさくら、第一勧業、東京があり、NECは住友、IBMでは富士と三菱、大和、北拓、あさひ。日立では三和、東海、興銀があった。それらの銀行が、みずほ(富士通)、みずほコーポレート(日立)、SMBC(NEC)、UFJ(日立)、東京三菱(IBM)、大和(IBM)、あさひ(IBM)、郵貯(富士通)と再編され、さらにUFJと三菱東京が経営統合した結果さらに数が減ることになる
こういった金融再編によって、システム構築に関して何らかの形で大銀行のシステム部門と、ベンダーに依存する地方銀行の間では二つの問題が想起されるようになった。一つは、大銀行の経営統合によって、現状使用しているシステムに対して、大銀行のシステム部門からのノウハウ提供が停まってしまう可能性である。もう一つが、大銀行のシステム部門に依存しているベンダーが、システムの統合によって仕事を失い、地銀向けのシステムサービスやノウハウの提供、ひいてはメインフレーム開発そのものが停滞してしまう危険性である。実際に、一部の銀行では危機に直面しつつあった
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