von_yosukeyanの日記: かけがえのないもの
人生の切売で引用した遠藤浩輝の文章にある「商品化されたかけがいのないもの」なんですが、よく考えてみるとこういった「かけがえのないものの商品化」というのは結構最近の話じゃないのかなと思います。
というのは、ちょっと思い出したんですが、よく頭痛薬だとか風邪薬とかのCMで、お母さんが風邪を引く or 頭痛でブルーなのを見て、子供が心配するってコマーシャル、どこでもやってると思います。あれって、実のところを言うと、起源は1970年代から80年代にかけて、アメリカの大手化学会社プロップター・アンド・ギャンブル社が流したTVコマーシャルが起源です。
P&Gつったら、洗剤からヘルスケアまでどれが本業なのか訳のわからんくらいの巨大複合企業ですが、元々は古い意味での製薬企業です。今でこそ、製薬企業というと最新のバイオ技術だとか、複雑な分子ルーレットなんかで新薬開発にしのぎを削ってるハイテク産業のように思えますが、古い意味での製薬企業ってそれこそすごく泥臭いことをやってたんです。
例えば、クリフォード・ストールの著書に『インターネットはからっぽの洞窟』という本がありますが、原題のSilicon snake oil(電子のまがいもの)って題のSnake oilってのは、昔の万能薬(まがいもの)というのを指した言葉です。P&Gはそれこそ、他の製薬会社と同じように、Snake oilを作ってた会社なんですが、まぁ今はご覧の通りヘルスケア業界で最大シェアを持ってる大企業なんですけど、今でもちょっと変な製品が残ってます。
ヴィックスという商品群がそれなんですが、多分年代を超えてご存知の方も多いでしょう。今では、のど飴と塗り薬の二つしか残ってないですが、本題の商品はこの塗り薬のヴェボラップという商品です。ヴェボラップという商品は、それこそP&Gの創生期からあるような商品で、要するに風をひいたときに胸に塗っておくと鼻の通りがよくなるというヤツで、子供の頃に親に塗られたという経験を持ってる方も多いでしょう(ボクもそのクチなんですが、すごく嫌いでしたね>ヴェボラップ)
万能薬の一種みたいな感じの大衆薬としてP&Gの売上を支えてきたヴェボラップも、1960年代後半になると売上が落ちていきます。で、マーケティング担当者が考えた売上挽回の秘策が、それまでのTVコマーシャルを変える大革命をおこしたものだったのです。
幼稚園児くらいの子供をベットに寝かせようとした親が、子供に毛布をかけてやるシーンからはじまります。子供が小さく咳をするのに気づいた親は「あら、風邪なの?」と言います。額に手を当ててみると、なんと熱まであります。こんこん。子供の咳に親は大慌てをします。
そういうときに、ヴェボラップを子供の胸に塗ってやります。ちゃんとこの間には効能に関する説明が入るのですが、アニメーションを使って極力難しそうなことをはさみません。そして、安心そうな子供の寝顔のカットが入ります。
そして、翌朝のシーンに切り替わります。子供の風邪はすっかり治って、嬉しそうな子供の顔と安心そうなお母さんの笑顔を映し、ヴェボラップの商品名が出てCMは終ります。
このCMがなぜ革命的であったのか、と言いますと従来のCMというのは薬そのものの効能に対して的を絞ったものが多かったのです。ですから、中身の大差がない大衆薬のCMになると、効能の説明をいくらやっても効果がなかったのです。
ヴェボラップのCMは、これに対して薬そのものとは全く関係ない母親がCMの主役になります。つまり、CMの対象者としているのは、主な購買層である子供を持つ母親に対するものであり、子供が夜中突然風邪をひくという誰もが経験のあるようなシチュエーションを通して、CMの主人公である母親に自己投影させ、商品のイメージを焼き付けることが目的としているのです。
こういったスタイルのCMが珍しくはないというほど他社のCMにもパクられているように(何しろ日本でもやってるくらいですから)、ヴェボラップの売上は急増し、現在でもヴェボラップは大量に売られています。ですが、この手のCMを見飽きるほど見てる現代の我々にとって、CMが訴求した母と子の愛ってのは、イメージとしてはもう飽きられていると思います。
飽きっぽい我々が悪いのか、かけがえのないものをマーケッティングの道具にする資本主義が悪いのか、それはボクにはわかりません。ただし、よく考えてみれば我々の人生そのものが人生の切売なのではないかな、と。
#ちなみに、P&Gの革命的なマーケッティングについて触れた本としては、古い本ですがアーサー・ヘイリーの企業小説『ストロング・メディスン』(新潮文庫)に詳しく載っています。多分絶版だと思いますが、ヘイリーの企業小説は、現代の企業の抱える様々な問題点を鋭く突いたものが多く、例えば巨大電力会社の苦悩を綴った『エネルギー』(新潮文庫)などは、昨年のカルフォルニア電力危機で倒産したPG&E社は、小説の舞台として登場するGS&Lという会社そのものだったりします(サザン・カルフォルニア・エジソン社などは実名で登場します)。機会があったらぜひ読んでみてください
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