yasuokaの日記: 佐藤榮作の藤
日記 by
yasuoka
aozora blogにもコメントしたのだけど、倉島長正の『国語一〇〇年』(小学館, 2002年5月)の以下の部分が気になったので、調べてみた。
年末に新聞発表があって年が改まった翌四十一年一月八日、時の内閣で首相の地位にあった佐藤栄作が初閣議で国語審議会批判の発言をします。閣僚からも活発な意見が出されたと新聞が報道しました。そして、自民党文教部会に国語問題小委員会が発足するという動きに発展するのですが、その火つけ役は、当時経済顧問をしていた小汀利得が首相に「今の当用漢字では首相の名佐藤の藤は書けないんですよ」と訴えたのがきっかけだったそうです。驚愕した首相が直ちに文部大臣中村梅吉を呼んで何らかの指示をしたと伝えられています。
結論から書くと、昭和41年1月8日(土)に閣議は開かれていない。この日、佐藤首相は一日じゅう寛子夫人と行動を共にしている。午前中は8:00から11:30まで、赤坂の心臓血管研究所付属病院で、夫婦そろって健康診断。その後13:20に世田谷の私邸を車で出て、14:20に鎌倉の長楽山荘に到着、そのまま鎌倉に滞在していて、この夜は東京に戻っていない。
国語課長の更迭の大野晋と同じく、倉島長正も小汀利得にイッパイ食わされたのだろう。
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