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yasuokaの日記: キーボードの秘密 4

日記 by yasuoka
上田浩史の『ワールド・ワード・ウェブ』(研究社, 2002年12月)を読んだのだが、「キーボードの秘密」(p.108)に書かれている内容が、QWERTY配列に関するガセネタの典型例だった。あまりに典型的なので、こういう典型例のどこに嘘があるのか説明してみようとおもう。

一般に使われているパソコンやワープロのキーボードの配置はその左上隅6つのキーの並びからQwerty(クワーティ)配列と呼ばれます。でもこの並べ方は一体どうやって決まったのでしょうか。打つのに効率の良いように考えられたに違いない、と考えがちですが、実はそうではないのです。
容易に想像が付くように、コンピュータのキーボード配列はタイプライターのそれに由来します。初期のタイプライターは、ちょうどピアノやパソコンの初心者がやるように2本の指だけで打つことを前提としてデザインされていました。が、タイプを職業とする人が現れるなど、人間のタイピング速度が上がるにつれてタイプライターの性能がついていけなくなり、紙を打つアーム同士が絡まるなどのトラブルが多くなりました。
そこでアームの衝突を防ぐために、連続して現れることの多いアルファベット同士がなるべく遠くに配置されるようにデザインされたのが現在のクワーティ配列です。この際、タイピストのスピードを落とすためにわざとタイプしにくい配列にした、という説さえあります。また、最上段のキーは、タイプライターのセールスマンがデモの際に、この段のキーだけを用いてtypewriterと打てるように決められた、という話もあります(確認してみてください、そうなっているでしょう?)。今のコンピュータのキーボードにとってはまったく非効率な配列なわけです。

こういうガセネタの特徴は、それが過去の出来事を話していながら、年号などの「出来事が起こった時」をちゃんと示していない、という点にある。逆に言えば、年号をちゃんと示していけば、このテのガセネタの多くは見破ることができる。ちょっとやってみよう。

  • 「コンピュータのキーボード」…『EDSAC』(1949年発表)に接続された『Creed Model 47』の改造版テレタイプが、最初の「コンピュータのキーボード」だと考えられる。ちなみに『Creed Model 47』の発売は1947年。
  • 「初期のタイプライター」…世界初の商用タイプライター『Sholes & Glidden Type-Writer』の発売は1873年9月。ただし、出荷開始は1874年4月末。
  • 「タイプを職業とする人が現れる」…タイプライターの出荷開始以降だから、1874年5月以降。
  • 「紙を打つアーム同士」…『Sholes & Glidden Type-Writer』はupstrike式タイプライターなので、アームという機構は有しない。アームを有するfrontstrike式タイプライターは『Daugherty Visible』が最初で、その特許の申請日は1891年6月9日。
  • 「現在のクワーティ配列」…『Remington Standard Type-Writer No.2』(1882年8月発売)に搭載されたのが最初。ただし、Christopher Latham SholesがQWERTY配列の原型(CとXとMが現在とは違う)を提案したのは、1873年。

となるので、少なくとも「現在のクワーティ配列」の登場と、「紙を打つアーム同士」の登場とで、順序が完全に矛盾していることがわかる。つまり、上田浩史の「キーボードの秘密」仮説を信じるなら、1882年当時まだ存在していなかった「アーム」の衝突を防ぐために、「現在のクワーティ配列」はデザインされた、ということになる。一ヶ所でもおかしいところがあれば、この上田浩史の「キーボードの秘密」仮説は棄却すべきなのだが、それでも食い下がる人のために、事実をいくつか掘り下げてみよう。

  • 「初期のタイプライター」…この仮説を読むと、初期のタイプライターがQWERTYではなかったかのような印象を受けるが、それは事実ではない。少なくとも『Sholes & Glidden Type-Writer』の1号機は、アルファベットが上から順にQWERTYUIOP、ASDFGHJKLM、ZCXVBNと並んでいた。
  • 「連続して現れることの多いアルファベット同士がなるべく遠くに配置」…英語の連続する2文字で最も頻度が高いのは「th」だが、この2字はQWERTY配列では近接して配置されている。その次が「er」+「re」だが、この2字も隣り合っている。「なるべく遠くに配置」などされていない。
  • 「この段のキーだけを用いてtypewriterと打てるように決められた」…1882年当時の「タイプライター」という単語の綴りは「type-writer」でハイフンが入る。ハイフンが同じ段にないと話が合わないが、当時も今もハイフンは最上段にある。

QWERTY配列が「非効率」なのは、確かに事実かもしれない。しかしながら、その「非効率」な感じをエサに、「キーボードの秘密」などと称してガセネタをばらまくのは、「秘密結社」系のトンデモ本と同じ匂いがプンプンする。ガセネタの流布は、根拠を突き詰めることなく「へー」と思考停止してしまう点で、いわゆるエセ科学の流布と同じ構造を持っているのかもしれない。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2007年07月08日 14時42分 (#1186243)
    それだけ。
  • by Anonymous Coward on 2008年02月14日 1時46分 (#1296736)
    昔の記事にコメントつけるのもなんだけど、読んでいて思い出した。
    オレの友達に未だに機械式タイプライターを持っているやつが居て、
    よくタイプライターのハンマーが絡まるんだよという話をしていた。

    タイプライターのタイプバーって、2つ以上のキーを叩くと同じ場所に
    活字を打とうとして絡まるんだと。タイプバーがゴッツンコするだけなら
    まだしも、絡まった日には壊れるんじゃないかとヒヤヒヤしながら
    絡まったのを、そーっとほどくんだそうだ。

    今のNキーロールオーバーのキーボードなんて機械式タイプライターから
    すると夢物語だったわけだね。

    そういえば刑事コロンボの中でもタイプライターが出てきたことがあったな。
    あのタイプライターはタイプバーが無くなってゴルフボールみたいな表面に
    活字が植えてあるような変な奴だった気がする。あれだったらタイプバーが
    絡まるようなことも無かったのかも。
    • あ、コメントに気づかなくてごめんなさい。えっと、このあたりの機械式タイプライターの変遷と、キー配列の関係について、つい最近『キーボード配列 QWERTYの謎』(NTT出版)っていう本を書きました。さすがにコロンボは出てこないんですが、色んなタイプライターとキー配列を楽しめますので、またよければお読み下さい。
      親コメント
  • 一ヶ所でもおかしいところがあれば、この・・・仮説は棄却すべき
    いさぎよいですなあ。
    そうできないmy性癖がこちらにコメント投稿させるのでしょうか?
    おかしいところが一ヶ所はある感じがする、、。
    --
    初期TYPE WRITERの活字は 絡んだりしなかったか? 衝突は問題なかったのか? http://slashdot.jp/journal/560336
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私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

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