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yasuokaの日記: K. R. Popper対W. B. Arthur

日記 by yasuoka
キーボード配列QWERTYの謎』の読者から、ナシーム・ニコラス・タレブ(Nassim Nicholas Taleb)の『まぐれ』(望月衛 訳, ダイヤモンド社, 2008年1月)を読んでみてほしい、と連絡があった。読んでみたのだが、Karl Raimund Popperに心酔してる(ように見える)著者のTalebが、どうしてWilliam Brian Arthurなんかにコロっとダマされてしまうのか、そのあたりの心理がイマイチわからなかった。たとえば『まぐれ』の216ページ。

タイプライターの文字の並び方は、一番あり得ないやり方が勝ち残った例だ。タイプライターの文字の並び方は最適ではない。タイプできるように、ではなく、タイプの速さを抑えられるようにああいう並び方になっている。電子化が進んでいない時代、リボンが絡まるのを避けるためにそんなことをしたのだった。

この手のネタに関しては『キーボード配列QWERTYの謎』で徹底的に反論したのだが、それでも「リボンが絡まるのを避けるため」ってのは、かなり珍説の部類に入ると思う。正直なところ「リボンが絡まるのを避けるため」のキー配列って、いったいどうすれば作ることができるんだろう?

個人的な意見を書くと、私(安岡孝一)は、Arthurらが提唱した複雑系経済学ってのが、生理的にキライだ。複雑系経済学を現実の例に適用した場合に、その理論的枠組に関する反証可能性が極めて低くなってしまう、という感触があって、それが個人的にイヤなのだ。もちろん、過去の歴史的事実に照らして反証をおこなうのは可能だし、実際QWERTYの例ではそうしたのだが、それでも「QWERTY経済学」の理論的枠組は、現在も脈々と生き延びている。そんなのPopperの言う「科学」にあたるのだろうか?

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あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall

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