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yasuokaの日記: 経済学者の考えるQWERTY配列の歴史 2

日記 by yasuoka

菊澤研宗の『戦略の不条理』(光文社新書426、2009年10月)を読んでいたところ、QWERTY配列に関するガセネタが、これでもかというほど書かれていた(p.112)。

ところが、1980年代に、このような新古典派的な考えに対して、決定的な反証事例が経済史家のポール・デビッドによって発見されます。彼が事例として注目したのが、コンピュータのキーボードの文字配列でした。普段、われわれが使っているキーボード上段の文字配列は、左からQWERTY……となっています。このランダムな文字配列の不思議にデビッドは気づいたのです。
この文字配列は、19世紀に完成したものです。当時はタイプライターの性能が悪く、早く打つと文字を打ちつけるアームが絡まるという問題がありました。そして、この問題を解消するために、指の動きができるだけ遅くなるように考案されたのが、「QWERTY配列」でした。
しかし、その後タイプライターは電動化され、コンピュータが登場し、そしてより効率的な文字配列も考案されたにもかかわらず、いまだにQWERTY配列が採用されています。なぜか。それは、QWERTY配列が効率的な配列だったからではありません。まったく偶然に採用され、いつの間にかデファクト・スタンダード(事実上の標準)になってしまっていたからです。

新古典派経済学を攻撃したい気持ちはわかるが、だからと言って「QWERTY配列」に対するガセネタを、こうもたくさん持ち出してくるのは、私(安岡孝一)にはさっぱり理解できない。

キーボード配列 QWERTYの謎』(NTT出版、2008年3月)でも明らかにしたとおり、「アーム」を有するフロントストライク式タイプライターが発明されたのは、1891年6月のことだ。これに対し、現在のQWERTY配列は、遅くとも1882年8月発売の「Remington Standard Type-Writer No.2」には採用されている。つまり、菊澤研宗の↑の説を信じるならば、当時まだ存在していない「アーム」の問題を解消するためにQWERTY配列が作られた、ということになる。そんな馬鹿な話があるわけがない。

また、QWERTY配列がデファクト・スタンダードとなった背景には、タイプライター・トラスト(1893年3月成立)による寡占があった。その事実は、私自身の「QWERTY配列再考」(情報管理, Vol.48, No.2 (2005年5月), pp.115-118)も含め、いくつかの論文で既に指摘されている。さらに、1920~30年代のCCIT(現ITU-T)における標準化の議論や、1960~70年代のIBMによる「ゴリ押し」とも言える標準化戦略についても、『キーボード配列 QWERTYの謎』で指摘したはずだ。それらを全く無視して「いつの間にかデファクト・スタンダードになってしまっていた」などといまだに書き続けるのは、ポパリズムを標榜する学者の態度としては非常に不誠実であるように思える。それとも、菊澤研宗の標榜するポパリズムは、自分の説に都合の悪い反証は無視する主義なのだろうか?

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  • by vn (10720) on 2009年11月16日 22時57分 (#1673334) 日記
    クルーグマンの「経済政策を売り歩く人々」(ちくま学芸文庫)には、
    QWERTY経済学と題する章があります。扱い方はもっと慎重です。
    思うに祖述者が下手な尾ひれを付けただけかと。
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