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yasuokaの日記: 黒沢貞次郎の伝記 2

日記 by yasuoka

「タイプライターに魅せられた男たち」(三省堂ワードワイズ・ウェブ)の読者から、黒沢貞次郎の伝記との矛盾を御指摘いただいた。この伝記によれば、黒沢がニューヨークに移動したのは1896年のはずなのに、なぜ私(安岡孝一)の連載では1898年12月となっているのか、という御指摘だ。

『The Seattle Daily Times』1897年12月18日p.3の記事「Japanese Tried for Insanity」による限り、黒沢がこの頃までシアトルにいたのは間違いない。それは、シアトルの日本人YMCAの記録とも一致する。一方、1898年11月には、黒沢はサンフランシスコの日本人街にいて、住み込みで学校に通わせてくれる家を捜していたらしい、という、やや不確かな記録がある。これが、結果的にニューヨークへの移動を促したのか、あるいは別人が間違って記録されたのか、そのあたりの裏が取りきれていない。そこで、サンフランシスコについては、あえて私の連載には書かずに、1898年12月にニューヨークに「いた」ということだけを書いたわけだ。

ちなみに、黒沢がGeorge Crawford Elliott宅に住み込みで働いていた、という伝記の記述も、残念ながら私は採用していない。1900年6月の国勢調査では、ブルックリン30区のElliott宅に住み込みの「servant」は全て未婚女性で、黒沢は別のマンハッタンの個人宅にいるからだ。もちろん、この時点でも、黒沢はElliott & Hatch Book Typewriter Companyに勤続している。住み込みをやめて会社だけ続ける、というのも、ありえるとは思うが妙な話だ。あるいは黒沢は、Elliott宅に住み込みを頼んだが、男性だったためにそれは断られ、代わりに会社で働くことを提案されたのではないか、という妄想も湧くのだが、これはあくまで妄想に過ぎない。とにかく、住み込みに関しては裏が取れないのだ。

まあ、そういうわけで、黒沢貞次郎に関しては、これまでの伝記では明らかになっていなかった部分も、そこそこ登場させる予定だ。ぜひ連載に期待してほしい。

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