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yasuokaの日記: 『南伝大蔵経』各巻の翻訳者の著作権は切れていない 10

日記 by yasuoka

1月24日に開催された緊急シンポジウム「近デジ大蔵経公開停止・再開問題を通じて人文系学術研究における情報共有の将来を考える」において、『南伝大蔵経』(1935年~1941年、大蔵出版、全70巻)各巻の翻訳者の著作権が議論された。特に、国立国会図書館が2013年2月にインターネット公開した以下の21巻について、詳細な検討がおこなわれた(当日配布資料より翻訳者の没年を引用)。

第五巻 上田天瑞(1974)
第六巻 宇井伯寿[1963] 羽渓了諦(1974) 長井真琴(1970) 久野芳隆[1944] 赤沼智善[1937] 木村泰賢[1930] 金倉円照(1987) 荻原雲来[1937] 坂本幸男(1973) 花山信勝(1995) 山田竜城(1979) 平等通昭(1993)
第七巻 寺崎修一[1936] 平等通昭(1993) 干潟竜祥(1991) 山本快竜[1948] 阿部文雄(1977) 小野島行忍[1948] 石川海浄(1969) 水野弘元(2006)
第八巻 中野義照(1977) 青原慶哉[1945] 久野芳隆[1944] 西義雄(1993) 成田昌信 逸見梅栄(1977) 神林隆浄[1963] 立花俊道[1955] 渡辺楳雄(1978)
第十巻 干潟竜祥(1991)
第十一巻上 青原慶哉[1945]
第十一巻下 渡辺楳雄(1978)
第十二巻 赤沼智善[1937]
第十三巻 林五邦[1938]
第十四巻 渡辺照宏(1977)
第二十七巻 山崎良順(1996)
第二十九巻 栗原広廓(1977) 長井真琴(1970) 立花俊道[1955] 寺崎修一[1936] 渡辺楳雄(1978) 青原慶哉[1945]
第三十巻 立花俊道[1955] 長井真琴(1970) 金倉円照(1987) 高田修(2006)
第三十一巻 立花俊道[1955] 石川海浄(1969) 和泉得成(1988) 高田修(2006) 藤田真道(1987) 寺崎修一[1936]
第四十三巻 水野弘元(2006)
第四十五巻 佐藤良智(1978)
第四十六巻 佐藤密雄(2000)
第四十八巻上 渡辺照宏(1977)
第四十八巻下 渡辺照宏(1977)
第四十九巻 渡辺照宏(1977)
第五十巻 山崎良順(1996)

私(安岡孝一)の日記にも書いたが、これらインターネット公開された『南伝大蔵経』の多くの巻において、干潟竜祥をはじめとする翻訳者の著作権は切れていない。少なくとも1月9日づけSlashdot記事の以下の追記については、何らかのフォローが必要だろう。

「南伝大蔵経」の著作権は切れていないのでは、という話があるが、「南伝大蔵経」のうち公開されていたのは全70冊中の21冊分のみで、「監修者の著作権は切れているが各本の翻訳者の著作権は切れているものと切れていないものがあり公開されたのは著作権切れのものだけ」なのだそうだ。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2014年01月25日 11時57分 (#2533260)

    『南伝大蔵経』が「高楠博士功績記念会」による団体著作物であれば著作権切れ。
    この点に触れないのはミスリーディング。

    • もし『南伝大蔵経』が、法人等名義の著作物(いわゆる団体著作物)だとするのなら、そもそもなぜ

      「南伝大蔵経」のうち公開されていたのは全70冊中の21冊分のみ

      だったのか。少なくとも私(安岡孝一)には、説明がつきません。

      親コメント
      • 国会図書館の説明 [ndl.go.jp]では

        同年5月1日
        ○ 『南伝大蔵経』について、国立国会図書館は、全巻の公開途上にあったことを理由にインターネット公開を一時停止。

        (5ページ)
        となっていて、そもそも「公開されたのは著作権切れのものだけ」という、永崎氏のはてなダイアリーの記述が間違いのようですね。今はそちらも訂正されているようです。
        情報元が訂正されているので、確かに何らかのフォローが必要でしょうね。>1月9日づけSlashdot記事

        親コメント
        • ふーむ、確かにそこ [ndl.go.jp]を読む限りは、国会図書館としては、最終的には70巻全巻を公開するつもりだったようにも読めますね。でもそれならどうして、第一巻から順にやらないで、こんなマダラな公開になってしまったのやら…。

          ただ、昨日のシンポジウムに来ていただいた方々にはおわかりでしょうけど、私(安岡孝一)は、この『南伝大蔵経』が法人等名義の著作物(いわゆる団体著作物)だとする立場は、全く容認できません。各経典ごとにちゃんと翻訳者が明示されているのだから

          各項目、論文毎に著作者が明示されている以上は、それぞれの項目、論文を一著作物単位と判断するのが妥当である。

          (cf.東京地方裁判所[平成6年(行ウ)第178号]平成7年4月28日判決)を、同様に各経典ごとに適用すべきだと、私個人は考えます。

          親コメント
          • by Anonymous Coward on 2014年01月25日 18時11分 (#2533404)

            御指摘の多摩市立図書館複写拒否事件で問題になった書籍は「久保慶三郎〔ほか〕編集」であって、そもそも法人名義の著作物(いわゆる団体著作物)の事例ではない。
            http://www.library.tama.tokyo.jp/clis/detail?NUM=000541456&CTG=1&a... [tokyo.jp]
            http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001473979-00 [ndl.go.jp]

            判決文には、引用されている部分の前後に、次のようにある。
            『文化庁からの「本件著作物は編集著作物であるが著作者の区分が不可能な共同著作物ではない。全体について編集著作権があるとともに、個々の項目、論文にもそれぞれ著作権が働いている。各項目、論文毎に著作者が明示されている以上は、それぞれの項目、論文を一著作物単位と判断するのが妥当である。」との要旨を含む回答を受けて、本件著作物のうちの本件複写請求部分が、項目毎全部に当たるとして、なされたものである。』
            http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A78B418D57307DB549256A7600272B97.pdf [courts.go.jp]

            各項目、論文毎に著作者が明示されていれば、すなわち法人等名義の著作物であることが否定されるものではなく、どのように著作が行われたのかの実態に基づいて判断されるべきであり、そのあたりの事情が分からないまま、予見をもって他の事例を恣意的に援用することには疑問を感じざるを得ない。

            親コメント
      • by Anonymous Coward

        70冊全ての作業が終わってから、全て揃って公開しなければならない(公開するはずだ)という前提はどこから。

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最初のバージョンは常に打ち捨てられる。

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