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教育

yasuokaの日記: 著作権法における「引用」と「技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための利用」と「情報解析のための複製等」 4

日記 by yasuoka

昨日の日記の読者から、「引用」は「著作権法第三十二条」であって「著作権法第三十条の四」ではない、という御指摘をいただいた。実を言うと私(安岡孝一)個人は、近江龍一・西原陽子・山西良典の論文『ドメインにより意味が変化する単語に着目した猥褻な表現のフィルタリング』(人工知能学会第31回全国大会論文集, 2M2-OS-34a-1, 2017年5月24日)が、引用要件を満たしているとは考えていない。だから、昨日の日記で「著作権法第三十条の四」と書いたのだ。当該論文を少し見てみよう。

10個の小説の中に文は全部で7,009文あった.そのうち猥褻な表現に関する文は3,199文あった.クラス1に分類された文は615文,クラス2に分類された文は575文,クラス3に分類された文は8文,クラス4に分類された文は2,130文であった.いずれにも分類されないものはなかった.なお,同時に2クラス以上に属する文もあるため,1ドキュメントに対する%が100を越えることがある.

すなわち、サンプルデータ10本の全文を利用しており、うち3199文をクラス1~4に分類しているわけである。これは、どう見ても第三十二条「引用」ではなく、第三十条の四「技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための利用」にあたると考えられる。また、第四十七条の七「情報解析のための複製等」にもあたる可能性があるが、本論文では

分類は全て人手で行い,第一著者が行った.複数人にアンケートをとるなどは,本論文では行わなかった.

としていることから、「情報解析のための複製等」にあたらない可能性も残るので、とりあえずは「技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための利用」の方だけを考えることにする。

クラス1は,文が猥褻な文脈に含まれ,かつ直接的な性表現を含む文のクラスとする.このクラスに含まれる文の例としては「一松は急いでカラ松から目をそらし、ギンギンになった自分の(男性器を示すカタカナ3文字)を扱くふりをした。」がある

文例の中に「一松」と「カラ松」が出てくることから、赤塚不二夫の『おそ松くん』が思い当たるが、この論文に赤塚不二夫は出てこない。また、サンプルデータ10本は、URLと作者名は示されているものの、タイトルが論文中に全く示されていない。したがって、この文例がサンプルデータ10本のうちのどれに含まれているのかは、少なくとも私にはわからない。サンプルデータ10本のうち、どれが『おそ松くん』の(特殊な)ノベライズなのか(あるいはそうでないのか)、この論文には情報がないからだ。したがって、この文例に関しては、単なる「例示」ないし「転載」であって「引用」ではない、というのが私の判断である。ただ、文例の句読点が、論文本文と異なっていることから、「転載」が強く疑われる。

クラス2は,文が猥褻な文脈に含まれ,かつ間接的な性表現を含む文のクラスとする.このクラスに含まれる文の例としては「びゅびゅっと一松の口の中に暖かい液体が広がる。」がある.

この文例も、『おそ松くん』の(特殊な)ノベライズが考えられるが、サンプルデータ10本のうちのどれに含まれているのかは、少なくとも私にはわからない。この文例に関しても、単なる「例示」ないし「転載」であって「引用」ではない、というのが私の判断である。

これら(および他の文例)を考え合わせると、『ドメインにより意味が変化する単語に着目した猥褻な表現のフィルタリング』は、サンプルデータ10本に対する引用要件を満たしていない、というのが私の判断である。著作権法第三十二条「引用」で議論するのは無理であり、著作権法第三十条の四「技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための利用」を適用すべき事案だろう。

この議論は、yasuoka (21275)によって ログインユーザだけとして作成されたが、今となっては 新たにコメントを付けることはできません。
  • by shinshimashima (9763) on 2017年05月29日 2時08分 (#3218556) 日記

    まず発端となった論文は既に非公開となっており、私は読んでいないので伝聞による推測になります。

    感覚的には今回の論文における著作物の利用は、著作権法第三十条の四 [e-gov.go.jp]

    公表された著作物は、著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合には、その必要と認められる限度において、利用することができる。

    の対象とならない可能性もあるのではと思います。

    理由は
    (1)立法趣旨、「必要と認められる限度」にそぐわない
    この条は平成24年の法改正 [bunka.go.jp]で追加されたものですが、
    その際の立法趣旨が、「著作権者の利益を不当に害しないような著作物等の利用であっても形式的には違法となるものについて,著作権等の侵害とならないことを明確にする」ものであり、
    外部への発表に用いる場合は引用の形をとればで従来より合法に用いることができる為、
    この条文による例外が必要がなく、「必要と認められる限度」を超えていると考えます。

    (2)「試験の用」でない
    「試験の用」ってのは試験装置内などでコピーされることで、結果を外部へ公表することは試験ではないと考えます。
    同条には他の条項(30条の2・3)にある「ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。 」が
    ありませんが、これは「試験の用」が著作権者の利益を容易に害する外部への公表を含まないからだと思います。
    #試験そのものを公開とかだとどうなるんだろう?4K試験放送とか

    (3)「著作物の(略)利用に係る技術」じゃない
    屁理屈ですが、フィルタリングって利用を阻害する方の技術やん。
    #まぁ妨害するのも「係る」かもしれんけど

    要は内部利用する際にいちいち引用の体裁とれないから除外、
    外部に公表するならちゃんと引用にしろ
    #ところで、著作物の利用技術以外の研究における内部的複写って相変わらず著作権侵害のままなんだよなぁ。

    あと、該当著作物は赤塚不二夫「おそ松くん」ではなく、その二次的著作物「おそ松さん」の更なる二次的著作物(三次的著作物?)っぽい
    本質とはあまり関係ないけど、ツリーで「おそ松くん」直下にして欲しくないなぁ

    • by yasuoka (21275) on 2017年05月29日 7時49分 (#3218586) 日記

      確かにおっしゃるとおりで、『ドメインにより意味が変化する単語に着目した猥褻な表現のフィルタリング』は、著作権法第三十条の四すら満たしていない可能性がある、と私(安岡孝一)も考えます。まともな研究論文なら、第三十条の四「技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための利用」と第四十七条の七「情報解析のための複製等」を両方とも満たすよう考慮しつつ、論文本文では第三十二条「引用」をできる限り満たすよう、注意深く書くものなんですが、この『ドメインにより意味が変化する単語に着目した猥褻な表現のフィルタリング』は、あまりにひどい。しかも、書写言語研究におけるサンプルデータの重要性や妥当性 [srad.jp]も全く理解できておらず、さて、教員の西原陽子や山西良典を、今後どうすべきなのか…。

      親コメント
    • >まず発端となった論文は既に非公開となっており、私は読んでいないので伝聞による推測になります。

      ↓論文はこちらにアーカイブされているものがあります。
      https://web.archive.org/web/20170524152236/https://kaigi.org/jsai/webp... [archive.org]

      >感覚的には今回の論文における著作物の利用は、著作権法第三十条の四の対象とならない可能性もあるのではと思います。

      フィルタリング技術開発のための著作物(小説)の利用((今後開発する?)フィルタリングプログラムでの利用など)は第三十条の四の対象であり基本的には問題ないと思います。
      しかし、論文に著作物である小説の文章の一部を記載する行為自体は、そもそも第三十条の四の適用外であり、許諾を得ずに適法に行なおうとするなら第三十二条「引用」によるしかなさそうです。

      論文著者が著作物(小説)を論文に利用している箇所は
       3.3.1「一松は(中略)をした。」
       3.3.2「びゅびゅ(中略)広がる。」
       3.3.3「前戯(中略)なんだ。」
       3.3.4「先ほど(中略)許してしまう。」
      の4か所だけですが、多分「引用」したかったのでしょう。
      用いた小説が公表されている著作物であること、研究のための正当な範囲内であること、主従関係が明確であること、引用部分が明確であること、引用の必然性があることなどの要件は満たしているように見えますが、既に指摘されているように出所の明示がなされていません。
      http://www.bunka.go.jp/chosakuken/naruhodo/outline/8.h.html [bunka.go.jp]
      論文の表1で分析に用いた10本の小説にIDを振ってURLと作者名を示しているので、引用したところにこのIDを明示すれば、引用した場合の義務である第四十八条「出所の明示」と第四十八条2項「著作者名の表示」を満たせたのにと思います。

      >#試験そのものを公開とかだとどうなるんだろう?4K試験放送とか

      『「必要と認められる限度」に限られますので、公衆を募って上映するなどは対象外です。』(平尾弁護士)だそうなので、公衆に対する試験放送をやりたければ放送する著作物の著作権者から許諾を得る必要があると思われます。
      http://hirao-pat.in.coocan.jp/copyright/right10.htm [coocan.jp]

      >屁理屈ですが、フィルタリングって利用を阻害する方の技術やん。

      このような著作権法上の「利用」は著作権の対象となる行為のことを示していると思います。具体的には複製(録音・録画・印刷を含む)・上映・演奏・公衆送信・翻訳・翻案など。
      今回の場合なら小説など文章の公衆送信に係るフィルタリング技術ということになるでしょうか。
      http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/utsurikomi.html [bunka.go.jp]

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      • 論文著者が著作物(小説)を論文に利用している箇所は
         3.3.1「一松は(中略)をした。」
         3.3.2「びゅびゅ(中略)広がる。」
         3.3.3「前戯(中略)なんだ。」
         3.3.4「先ほど(中略)許してしまう。」
        の4か所だけですが、多分「引用」したかったのでしょう。

        私(安岡孝一)も最初はそう考えたのですけど、元論文を何度か読んでるうちに、これ、クラス1とかにうまくハメ込むために、論文に示す文例をいじったんじゃないか、という気がしてきたのです。もちろん、あくまで可能性の問題ではあるのですけど、それだと当然、出所の明示ができなくなっちゃうわけです。で、その可能性にいったん気が付いちゃうと、さすがに「転載」とか「引用」とかの能天気な表現は私自身は使えなくて、けど、いい単語もなくて、とりあえず「例示」という表現で含みを持たせることにしたんですが、結局あまりいい表現じゃなかったですね…。

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