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アメリカ合衆国

yasuokaの日記: 国際環境経済研究所の考えるQWERTY配列の歴史 1

日記 by yasuoka

『キーボード配列 QWERTYの謎』の読者から、杉山大志の『「化石燃料へのロックイン」は本当に起きるのか?』(温暖化の政策科学[国際環境経済研究所], 2017年8月24日)という論文を読んでほしい、との御連絡をいただいた。読んでみたのだが、QWERTY配列と化石燃料の関係が、私(安岡孝一)にはサッパリ理解できず、正直なところワケがわからなかった。

ロックインという考え方は、元々は、技術史の文脈で生まれてきた。最も有名な例が、パソコンのキーボードの配列は何故QWERTY(クワーティ、と発音する)という順序になっているか、というものである。QWERTYでは、結構頻度の高いAという文字が左手の小指に割り当てられていたりして、あまり合理的ではない。もっと打ちやすいキーボードはいくらでもありうる。

「もっと打ちやすいキーボード」が「いくらでもありうる」のは認めるが、少なくともDvorak配列においてすら「結構頻度の高いAという文字」は左端にある。アルファベットの最初の文字がAである以上、打ちやすさより探しやすさを優先してしまう心情は、私個人は大いに理解できるのだが、さて、杉山大志の考える「もっと打ちやすいキーボード」っていうのは、どういう配列なのだろう?

そもそもQWERTYになった理由は、パソコンのキーボードの先祖にあたるタイプライターには、機械仕掛けの「腕」があったからだ。タイプライターの文字の配列は、腕が絡み合うことが少ないように、頻度の高い文字をわざとキーボード全体に散らしている。その煽りでAが左手の小指になってしまった訳だ。

違う。「頻度の高い文字をわざとキーボード全体に散らしている」のなら、そもそもEとRが隣り合うはずがない。この点については、『「ECONOトリビア」QWERTY記事顚末記』でも議論したとおりだし、歴史的に見ても、Aは1868年の時点でキーボードの左端にあって、その後もほとんど移動していない。「その煽りでAが左手の小指になってしまった」などというのは、キーボード配列と全指タイピングの歴史を無視したデタラメだ。

以上のことを、複雑系理論の用語を駆使して理屈っぽくいうと、技術はネットワーク外部性があり(つまり多くの人がその技術を使うようになると、今度はその人々が当該技術の継続を促す力を及ぼす)、従って歴史的経路依存性があり(つまりどのような経緯を辿ったかによってどのような技術が採用されるか決まる)、いったん準安定状態になると、他の準安定状態に抜け出すことがなくなる(ブライアン・アーサー2003 収益逓増と経路依存―複雑系の経済学)。

理屈っぽく言おうが言うまいが、その『収益逓増と経路依存』(多賀出版, 2003年1月)の31ページには、1932年のDvorak配列が「QWERTYよりも優良な」例として出てくる。Dvorak配列においてすら「結構頻度の高いAという文字」は左端にあるのだが、杉山大志は、これをどう説明するつもりなのだろう。

一般的に言って、理論は重要であるが、政策的示唆を得るためには、個別具体的な状況における考察が必須である。

そう言うなら杉山大志は、QWERTY配列の歴史についても、個別具体的に考察すべきだろう。そもそも、QWERTY配列が他のキー配列を蹴散らして普及したのは、1893年3月のTypewriter Trust成立に負うところが大きい。その点については、『キーボード配列 QWERTYの謎』でも明らかにしたし、『Research Policy』誌2013年7・8月号でもWilliam Brian Arthurを巻き込んで議論になった通りだ。にもかかわらず、いまだに「ロックイン」の「最も有名な例」とやらにQWERTY配列をひっぱりだしてくる杉山大志は、あまりに勉強不足だし、少なくとも「技術史の文脈」を語る資格は無いと思う。

この議論は、yasuoka (21275)によって ログインユーザだけとして作成されたが、今となっては 新たにコメントを付けることはできません。
  • by yasuoka (21275) on 2017年08月29日 11時36分 (#3269453) 日記

    今、見てみたら [ieei.or.jp]

    ロックインという考え方は、元々は、技術史の文脈で生まれてきた。最も有名な例が、パソコンのキーボードの配列は何故QWERTY(クワーティ、と発音する)という順序になっているか、というものである。QWERTYという配列は、決して打ちやすいものではないと言われ、別の配列も提案されてきた。しかし、いったんQWERTYが普及して標準的なものとなると、違う配列に変えることは難しくなった。

    という形に、部分的に削除されてしまったみたいです。フランスはAZERTYだし、ドイツはQWERTZなんだけどなぁ。

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私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

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