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日記

yasuokaの日記: Re: 経済学者の考えるQWERTY配列の歴史

日記 by yasuoka

私(安岡孝一)の9月23日の日記の読者から、佐藤優の『「白兵戦」はなぜ起きた?ビジネスにも通じる「不条理の罠」の仕組み』(週刊現代, 第59巻, 第35号(2017年9月23・30日), pp.124-125)を読んでみてほしい、との御連絡をいただいた。読んでみたところ、菊澤研宗に騙されたらしく、QWERTY配列に関するガセネタが書き連ねられていた。

周知のように、現在、一般に使用されているタイプライターやコンピュータのキーボードの上段の配列は、QWERTY……の配列となっている。この標準的なキーボードの配列が成立したのは一九世紀であり、われわれは歴史的にその配列に慣れているので、その配列があたかも効率的であるかのように思い込んでいる。/しかし、実際には、使用される単語の頻度や指の動きなどに関する人間工学的観点からすると、この配列は必ずしも効率的ではないといわれている。事実、このQWERTY配列は、旧式のタイプライターではあまり速くキーを打つと、文字を打ちつけるアームが絡まるという問題があったので、逆に指の動きを遅くするために考案されたものであった。

『キーボード配列 QWERTYの謎』(NTT出版、2008年3月)にも書いたが、「アーム」を有するフロントストライク式タイプライターが発明されたのは、1891年6月のことだ。これに対し、現在のQWERTY配列は、遅くとも1882年8月発売の「Remington Standard Type-Writer No.2」には採用されている。すなわち↑の説を信じるなら、当時まだ存在していない「アーム」の問題を解消するためにQWERTY配列が作られた、ということになる。そんな馬鹿な話があるわけがない。

しかし、やがてタイプライターが電動化され、アームが絡まるという問題が解消されると、より効率的な配列を備えたキーボードに取って代わられる可能性が生じた。しかし、歴史的には、それ以後もこの配列は変わることはなかった。こうして、必ずしも効率的ではないキーボードの配列が歴史的にまったく偶然に採用され、いつのまにかその配列はロック・インされ、デファクト・スタンダード、つまり事実上の業界標準あるいは世界標準となっていったのである

私の知る限り、最初の電動タイプライターは、1901年発売の「Blickensderfer Electric」だが、どうみてもQWERTY配列ではない。一方、QWERTY配列が「デファクト・スタンダード」になったのは、1893年3月設立のUnion Typewriter社(つまりはTypewriter Trust)による寡占が、最大の原因だったりする。「偶然」でも何でもなく、生産者側の強い思惑が背後にあるのだが、佐藤優は、Union Typewriter社の存在すら知らないのだろうか。

まあ、佐藤優にしろ、菊澤研宗にしろ、そもそもタイプライターの歴史に興味がなく、ちゃんとウラを取る気も無いのだろう。でも、そんなガセネタを「ビジネスパーソンの教養講座」とか題してバラ撒かれるのは、正直たまったものじゃないなあ。

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