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教育

yasuokaの日記: 書写言語の情報処理から見た高校における漢文教育 2

日記 by yasuoka

昨日の日記に関連して、私(安岡孝一)なりに、高校における漢文教育の意味について、少しだけ考えてみた。とはいえ、古典中国語(漢文)の形態素解析とか依存文法解析とか、そういう書写言語の情報処理を私自身やってる手前、どうしてもそちらに偏ってしまう。でもあえて、そういう偏った目で見ると、高校での漢文教育は「孤立語を膠着語に変換するシステム」の一端を、高校生にかいま見せているのだ、と考えられる。つまり、孤立語の典型である古典中国語(漢文)を、膠着語の一例である日本語へと変換する方法(のごく初歩)を、授業で高校生に教えているわけである。で、その道具立てとして、「送り仮名」とか「返り点」とか「再読文字」とかがあるわけだ。

そう考えると、屈折語に関しては、たとえば英語の「三単現のs」を、日本の学校では教えている。膠着語に関しては、現代日本語の「活用」と古典日本語の「活用」を、一応は比較して教えている。ならば、孤立語の典型である古典中国語(漢文)に触れておくのは、学校教育として、そう悪いことでもないように思える。あとは、抱合語その他をどうするかかな。

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  • by kurema (42872) on 2018年03月07日 17時13分 (#3372804) 日記

    現状の漢文・古文教育の問題は、社会に出ると誰も彼も忘れてしまうことにあると思う。
    仮に漢文・古文が社会に役に立つ・必要だとしても、現状皆が大学入試が終わって一二年で忘れてしまっているなら学習コストの無駄。少なくとも理系は。
    つまり社会で役に立つだけでは必要性の証明にならない。
    漢文・古文自体に入試以降触れる機会が少ないという点は変えられないからこういう間接的な意義を出す必要が出てくるのだと思う。
    ただ何でも経験にはなるし、孤立語に触れるというだけでは学習コストに見合わないと一般的には認識されていると思う。
    個人的には古文と比べれば漢文ははるかに簡単で覚えることも少なかったし、現在使われている熟語の由来が知れたし、まぁ孤立語の経験にしかならなかったとしてもありかなという気がする。
    古文はいらない。他人もどうせ自分と同じくらいわかっていなかったから受験で不利にはならなかったけど。

    • まあ、情報系の学科に進む学生で、古典中国語(漢文)の言語情報処理をやりたいなんてのは、どう考えても、まず、いませんからね。かく言う私(安岡孝一)も、30年前はVLSI設計の研究者で、まさか漢文に手を染めることになるとは思ってませんでした。こういう微妙なジャンル、どうすればいいのかなぁ…

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