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バイオテック

yasuokaの日記: Re: O型はゼロ型なのか

日記 by yasuoka

私(安岡孝一)の古い日記「O型はゼロ型なのか」の読者から、矢端正克『知ってなっとくからだの疑問』(小学館、1998年8月)を読んでほしい、との連絡をいただいた。読んでみたところ、pp.22-23の『血液型が「ABC」でなく「ABO」なのはなぜ?』にガセネタが書かれており、かなり閉口した。

血液型を分類するのに、最もなじみのあるのが「ABO」方式です。最初に、この血液型を発見したのは、アメリカの病理学者カール・ランドシュタイナーです。一九〇一年のことでした。それまでは、人間の血液はだれでもみんな同じ成分で、個人的な違いはないと考えられていました。ランドシュタイナーは血液を三つのタイプに分類し、それぞれ「A型」「B型」「0型」としました。「0型」としたのは、血液の抗原反応がなかったという意味で、ゼロとしたのでした。

Karl Landsteinerの1901年の論文『Ueber Agglutinationserscheinungen normalen menschlichen Blutes』(Wiener klinische Wochenschrift, 14 Jg., Nr.46 (14. November 1901), S.1132-1134)では、ヒトの血液には3種類あることが述べられており、それぞれ「Gruppe A」「Gruppe B」「Gruppe C」と名づけられている。日本語に訳したとしても「A型」「B型」「C型」であり、「0型」などと名づけたりしていない。また、Karl Landsteinerは、この時点ではウィーン大学にいたので、「アメリカの病理学者」という表現は変だ。

その翌年、ウィーン大学のデカストロとストゥリルが「AB型」を発見し、現在の四分類方式の血液型になりました。ところが、その四分類型が文書として印刷される段階で、とんでもないミスが起きてしまったのです。本来「0型」であったはずのものが、ローマ字の「O」と見誤られ、「O型」として世界に広まってしまったのです。

全くのガセネタだ。Alfred von DecastelloとAdriano Sturliは、1902年の論文『Ueber die Isoagglutinine im Serum gesunder und kranker Menschen』(Münchener medicinische Wochenschrift, 49 Jg., No.26 (1. Juli 1902), S.1090-1095)で第4の型が存在することを示唆したが、それに対して命名はしておらず、「AB型」という名称も「O型」という名称も、この時点では世界に広まりようがない。

一九二七年の国際連盟の専門委員会でも、「A型」「B型」「O型」「AB型」の四分類が正式のものとして認められました。以後、ランドシュタイナーがゼロとしたものが、オーという命名で呼ばれるようになってしまったというわけです。

何度でも書くが、Karl Landsteinerは「C型」と名づけたのであって、「0型」とも「O型」とも名づけていない。また、国際連盟のComité d'Hygiène配下のCommission permanente de standardisation des sérums, réactions sérologiques et produits biologiquesが、議長Thorvald Johannes Marius Madsenの提案にしたがって、ヒトの血液型をO, A, B, ABで表記する決定をしたのは、1928年4月25~28日のフランクフルト会議のことだ(Klinische Wochenschrift, 7 Jg., Nr.35 (26. August 1928), p.1671)。1927年ではない。

ちなみに、ABO血液型を命名したのは、Emil Freiherr von DungernとLudwik Hirszfeldであり、それは1910年から1911年にかけて発表された3連作の論文でなされた。この点については、「O型はゼロ型なのか」に概要を記しておいたので、当該論文を読んで確認してほしい。

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