yasuokaの日記: 人文科学における「科学の手順」とQWERTY配列
『キーボード配列 QWERTYの謎』(NTT出版、2008年3月)の読者から、山田俊弘の『論文を書くための科学の手順』(文一総合出版、2018年10月)を読んでみてほしい、との御連絡をいただいた。ざっと読んでみたのだが、7ページの
科学で採用されている論理の型は仮説演繹と呼ばれており、
- 研究対象とする現象を提案し、
- その現象を説明する仮説をつくり、
- 仮説をもとに実証可能な予言を導き、
- 実験や観察で予言の正しさを評価し、
- この評価をもとに仮説の真偽を検証する
というものである。
という点については、人文科学における「科学の手順」も含めて、まあ納得のいくところである。しかし、そうだとすると230~231ページの内容は、私(安岡孝一)には全く納得がいかなかった。
パソコンが登場する前にタイプライターという機械があった。私はぎりぎり、タイプライターが現役で働いているのを知る世代である。タイプライターでは、キーを打つとキーと物理的に直結しているアーム(細長い金属板)の先端に付いた活字が紙を叩きつけ、活字が印字されるしくみになっている。初期のタイプライターでは、隣り合うキーのアームが印字するときに絡み合ってしまう不具合が生じがちであった。このため、使用頻度の高いアルファベットはできるだけ隣同士にならないように配列される必要があった。さもないと、高い頻度でアームが絡み合って仕事にならない。こうして出来上がった配列がQWERTY配列である。文字の打ちやすさではなく、アームの絡まりにくさから考え出された配列がQWERTY配列だ。
「アーム」を有するフロントストライク式タイプライターが登場するのは、私の知る限り、1891年特許の「Daugherty Visible」が嚆矢だ。これに対し、現在のQWERTY配列は、1882年発売の「Remington Standard Type-Writer No.2」には採用されている。存在していない「アーム」のために、QWERTY配列が考案されたなんて、ナンセンスもいいところだ。
「実験や観察で予言の正しさを評価し」と山田俊弘が言うのなら、「私はぎりぎり、タイプライターが現役で働いているのを知る世代である」という山田の主張において、山田が観察したタイプライターは、1882年頃のアップストライク式タイプライターなのか。まず一次史料にあたるのは、人文科学における「科学の手順」の大前提なのだが、山田の言う「実験や観察」は、それを満たしているのか。ガセネタをばらまく暇があったら、ちゃんとそこから「科学の手順」を始めてほしい。
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