yourCatの日記: 日記を書く 6
わたしは日記を書くのに、一度テキスト・エディタで下書きをする。一気に書き上げる事はあまりなく、たいていは思い付いた事の断片をその時書ける分だけ書くことになる。こうして未完成の日記が溜まっていく。やがてその中からよさそうなネタを選び、清書して日記で公開という段取りだ。
溜まったネタの中には、旬を過ぎたり、その後情勢が変わったりと、さまざまな理由でお蔵入りになるものがある。例えば以下の文章がそうだ。
ウィンドウのタブ化には、全てのウィンドウが同じ大きさであるという前提がある。ターミナル画面などは好例で、そのためiTermのようなソリューションがある。「全画面表示」という機能を持ったWindowsにおけるWWWブラウザでも事実上そうで、これがタブ・ブラウザーを生んだ文化的背景だ。
しかしwebページは固定幅を前提としていない。むしろ可変幅であるからこそ、論理改行と物理改行が分かれているのだ。ユーザーの画面リソースの都合に合わせて表示するものであり、そのためにはユーザーが正しく自分の画面リソースの都合に合わせてコントロールする必要がある。
Mac OSには全画面表示機能がない。その代わり、ウィンドウの大きさを必要最小限にとどめる「最適化機能」があり、ユーザーは都合に合わせてコントロールするのに馴れている。このため、Safariにタブ・ブラウズ機能を求める声が意外に多いが、Appleは採用しないだろう。
実際はSafariはタブ・ブラウザーになったので、もう日記には使えない。日記に使えない例としては使えるが :)。
しかし、タブ化した現在では役に立たないのかといえば、そんな事はない。何かを間違えたことを出発点に、次のステップへ進むことができるからだ。「Safariはタブ化した、では何故TextEditはタブ化しないのか? WWWブラウザの主目的、webページを見るとは何か? Webページでは書籍のように、まとまった情報を得るばかりではない。いわば情報のつまみ食いができる。これは、リモコン登場以降のテレビに似ている。リモコンで瞬時にテレビのチャンネルを変える行為、情報のザッピングが、WWWブラウザにおいてはタブ切り替えという形で実現されようとしている……」という具合に。
わたしにとって日記は、過去の自分との対話である。趣味で小説を書いていることもあって、高校時代から頭に浮かぶ風景の断片をノートに書き綴ることを習慣としていた。その断片1つ1つを読むと、移ろいやすい「わたし」という存在が、或る時分に何を感じ、考え、思ってきたのかが分かる。おもむろに振り返り、自分自身を含めた状況の変化に応じてまた感じ、考え、思いなおす。わたしの脳は揮発性が高いので、記憶を外部に定着させておかないと、なかなか自己対話ができない。外部にあれば客観視しやすくもなる。
やがて媒体が紙からテキスト・ファイルに替わり、ネットに接続するようになると清書して発表することを覚えた。いろいろやった挙げ句、現在は/.J日記に落ち着いている。/.J日記にはコメント機能があるので、これを活かすべく評論めいたショート・エッセイ風の文章を書く事が多い。この方が、自分との対話に他者との対話を重ねやすいからだ。
# このエントリだって、もう1ヶ月以上前に書いた断片を清書したものだし
【今日の点取り占い】
嵐を呼ぶ男の汗委員会
2点
一部分にのみ反応 (スコア:1, すばらしい洞察)
yourCat さんの小説なら読んでみたいと思う人の数→
読んでみたい (スコア:1)
Re:読んでみたい (スコア:0)
「すばらしい洞察」とモデレートしました。
どのモデレートを選べば良かったのでしょうか?
#モデレータなのでAC
Re:読んでみたい (スコア:1)
Re:読んでみたい (スコア:1)
「それでも自分は賛同コメントに+1するんだ」とおっしゃるなら、それもいいでしょう。モデレーションの心掛けは、「いいコメントを書いてください」と同様の「お願い」だとわたしは考えていますから。ただ賛同M1はやがて、コメントの質の低下、あるいはS/N比の悪化という形で、自分の不利益となって返ってくるリスクを抱えている事をお忘れなく。
# だから適当なモデレート評価が見当たらなかったんですよ
Re:一部分にのみ反応 (スコア:1)
わたしの書いた小説なら、1編だけですが、WWW上で公開 [nifty.ne.jp]されていますよ。