yourCatの日記: 適言適所 18
IRCでShibatch氏に「で,一番好きなキャラは?」と訊かれた。日記のネタなので日記 (コメント) でなら答えるとの旨を伝えた。すると、日記の方がいいのかと返って来た。
たしかにクロスメディアの楽しさはある。日記とIRCでシームレスに話題を扱うのはなんといっても楽しい。エヴァのキャラで誰が好きか、などという話題を日記に載せるのは恥ずかしいだろうという推測も頷ける。氏の発言は故に正しいのだが、今回敢えて反抗してみたのにはそれなりの理由がある。
IRCでは、/.Jの記事に対して話しているのをしばしば見かける。または記事へ雑感を日記で述べられる方も多い。観察スレというのもあるな。そういうのを見るにつけ、もったいないなぁと思う。愚痴ならいざ知らず、語るに足る言葉を持っているのなら、コメントを書いた方がいいのに。私信にとどめることでせっかくの意見が埋もれていくのが、単純にもったいないのだ。
入力作業というコストをかける以上、その問題に注視するより多くの人に見てもらう方がいい。かけたコストに対する、読まれた回数という見返りが多い、つまり発言のコストパフォーマンスがあがるのだ。
しかし発言の場所がその公共性を色濃くすると、気楽に語りにくくなる。言葉を選び文を練りと、不特定多数への発言は大変だ。ネガティブな反応をも受け入れていく必要がある。そうして発言コストがあがっていく。そういえば先日、ある/.Jユーザーから登録名での発言は難しいと聞いた。ACは楽だったと。ネガティブな反応が、ACという虚空へ吸い込まれていくからだ。
リスクを避け発言コストを落としていくとどうなるだろう。そうしてコミュニティーが萎縮していく反動が、ACをはじめとする、匿名での羽目の外しっぷりに繋がるのではないか。わたしはACを否定するつもりはなく、むしろAC肯定派だと自負している。ACが悪いといっているのではなく、記名発言の萎縮を危惧するのだ。正々堂々を忘れたら、インターネット上の公開記名掲示板はあっという間にその意義を失ってしまう。
前述の「好きなキャラ」は、そんな大した話ではない。でもクロスメディア的悦楽を隠れ蓑に、安易に流れがちな自分を戒めるためにも、抵抗してみたかったのだ。
もう少し、その言葉の語られるべき場所を意識しようと思う。
【今日の点取り占い】
シャア専用の男の汗眷族
1点
何ででしょうね (スコア:1)
ちょっと前にNHKで放送してましたが,日本と中国で,
異性の動物が化けた人と,結婚するという話の結末の
違いについてやってました.日本でも中国でもそういった
話は複数あるんだけど,結末は正反対である,と.話の途中で
化けた動物の正体がばれてしまうんだけど,日本バージョンの
結末はその動物を殺したり追い出したりしてしまうものが
ほとんどであるのに対し,中国バージョンでは例え正体が
動物であっても仲良くなる,という結末がほとんどである
そうです.
でもって僕が何を言いたいか,については省略します.
Re:何ででしょうね (スコア:1)
例えば/.Jではcowardを「臆病者」と訳していますが、「卑怯者」のニュアンスも強いんですよ。それはやはり本家にもACを隠れ蓑に煽る連中がいるからでしょう。実際わたしも本家ではACに口汚く罵られました。
へぇ、これは面白いですね。
ただ宗教観や自然観の違いもあり、必ずしも「中身の勝負」という論点に合致するものではないでしょう。
日本には異界という感覚が強くあります。「お地蔵さん」の世界観ですね。詳しいことは民俗宗教学をひもといてもらうとして、このために異界と交わることを恐れる集団無意識があります。未だに日本では、近代社会の必須条件である「自然の超克」が十分行われず、アニミズム社会に留まっている側面があるんですね。
このため「化けた動物」という異界と接触することに、根源的な恐れを抱きます。恐れが殺戮に転ずるのは何も不思議ではありません。
まぁ、もうひとつの近代社会の必須条件「市民革命」もないし、前近代社会だからこそACの暴走も起きやすいといえるかもしれません。「村八分」という人為的異界化も行われますし。…
Re:何ででしょうね (スコア:1)
僕の経験からそう言えると思ってます.
海外では参加者のほぼ全てがHNさえ名乗らない,完全な匿名で
発言するような掲示板は(もちろん存在はするが)それほど
たくさんの利用者があるわけではないはずです.
Re:何ででしょうね (スコア:1)
で、根拠はSibatchさんの経験ですね。わたしが行く英語の掲示板はほとんどがSlash系なので、そのせいでしょう、/.Jとあまり違いを感じませんでした。
そういえばSibatchさんはSourceForgeにプロジェクトを持っていらっしゃいますが、さすがにむこうではACの暴走なんて起きなさそう。
これは,アノミーというのかな? (スコア:1)
「そうしてコミュニティーが萎縮していく反動が、ACをはじめとする、匿名での羽目の外しっぷりに繋がるのではないか。」
ここんとこ,ACが増えてて,どうしてなんだろ。
と考えてたんですが「適言適所」という,お言葉にしたがってタレコミにしました。
それはさておき。このところのスラッシュドットの状況は,社会学でいうアノミーのようなものだと思います。ネットでアノミーが観察できるとは思わなかったけど。
本当のところは,どうなんだろ。
斜点是不是先進的先端的鉄道部長的…有信心
Re:これは,アノミーというのかな? (スコア:1)
どうもありがとう。
でも、/.Jシステムはタレコミに返事を出せるようにはなっていないので、SS1さんに直接何かのリアクションが返ることはないでしょう。でもリアクションがないからといって、無視されている訳はなく、従って無意味な行動でもありません。よくしようという働きかけが多い程、システムはよくなります。
ちなみにタレコミではなくSourceForge.jp [osdn.jp]の方に投げると、メンテナーからのリアクションがあります。こちらは最近できたので、まだあまり知られていないかしら。ユーザーが、実体は現実世界に属していて、そこでの道徳的あるいは道義的規範-「常識」を引きずっている訳ですが、それ以外は特に規範はないんですよ。そこで/.Jの価値観、まぁアレゲってやつですが、に沿ったモデレーションという規範が働く訳ですが、最近はモデレーションも荒れ気味ですね。
モデレーション・システムのような「他人の目」を数値化する経済学的モデル (?) を、わたしは戯れに「リスペクト経済」と呼んでいますが、通貨のスコアが信用を失っている状態です。
ただ、ユーザーの総意がアノミー志向であるなら、それに従うしかないかなぁ。もちろん、何故アノミー志向になったのかを検討し、問題があれば正していきますが、動き出した集団無意識を止めようとしてもうまくないんですよね。衆怒犯しがたし、です。
まぁこの辺も面白いので、いずれ何らかの文章を発表します。
匿名性によらずとも、インターネットは地理的経済的つながりのない集団を形成しますので、アノミーは起きやすいかも。
#アノミーかぁ、いい術語を手に入れたかも
#感謝
Re:これは,アノミーというのかな? (スコア:1)
けっこう。ヒットだったみたいですね。
私も,デュルケムは読んだことが無いのでアレなんですが。
というわけで(何がだ)googl で「アノミーとは」の検索結果から。だから「ユーザーの総意がアノミー志向である」ということはありえなくて,アノミーという状況から,ユーザーのアノミー的行動が生まれる。という話し。
それにしても,「何が正しいのかわからなくなった状態」とは,今の状況にぴったりあてはまりますね。
斜点是不是先進的先端的鉄道部長的…有信心
Re:これは,アノミーというのかな? (スコア:1)
デュルゲム氏だと、『社会分業論』→『自殺論』ですよね。『社会分業論』の主眼が社会における個人の役割による規範に基づく近代社会の有機的連帯で、『自殺論』では欲望により規範を失うアノミー状態を「病理」として指摘している。規範を壊し欲望に走るとアノミー状態なのでアノミー志向で問題ないように思いますが、駄目?まぁ専攻学生ですらないので、そこまで術語にこだわらなくてもいいのかしら。
「何が正しいのか分からない」のは、規範の担い手が職能による経済社会構成員としての役割だからですね。mabuさんの言う「構造重視」というところ。
Re:これは,アノミーというのかな? (スコア:1)
デュルケムが「自殺論」で最終的に明らかにしたかったことは、(心理学と同じように)社会学という学問領域をどう位置付けるかで、自殺という現象はそのための例です。で、彼は社会学を「(心理学のように個人の心から個人の行為を説明するのではなく、)社会の構造から個人の行為を説明する」学問だと定義しました。
デュルケムの「構造から行為」へのアプローチと、ウェーバーの「行為から構造」へのアプローチは、正反対のものですが決して対立するものではありません。
# 対立しているのは信者のせい。ってよくある話。(w
だからこそ、どちらも社会学における基本的な方法論となっているわけです。
「自殺論」は「社会分業論」より薄く読みやすいので、社会学に興味があればぜひ読んでみてください。「そんな暇ねえよ」という場合は、レジュメを公開している [so-net.ne.jp]方がいらっしゃるのでどうぞ。
----- ここからは激しくオフトピ -----
社会学をやっている者にとって不幸だったことは、デュルケムとウェーバーのどちらか一方のアプローチだけできれいに説明できる社会現象が少なかったことです。結果として、デュルケムとウェーバーのアプローチを適当にブレンドするしかありませんでした。そして、「モデリングがきちんとできない社会学は、社会科学じゃねぇ」という批判を浴びるようになります。
これに対していろんな改革案が出たわけですが、その中のひとつが両方をひとつにしちゃおうというギデンズの「構造化理論」。暴論だという批判も強いのですが、私はごく当たり前のことを言っていると思うので好きです。
# 彼の理論はかなり難しいので、実はあまりよく分かってないのですけど。
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Re:これは,アノミーというのかな? (スコア:1)
デュルケムだと社会的「構造」が重視されすぎ。かといって、ウェーバーは「主体的行為」を重視しすぎ。
私は、デュルケムとウェーバーの理論を一つにまとめようという、ギデンズの「構造化理論」が好きです。
彼は「主体的行為が構造に拘束されると同時に、主体的行為によって構造が再生産される」って言っております。
非常にあたりまえのことですが。
で、/.Jの状況を彼の理論で考えると、価値観が崩れてアノミー的になったという否定的な説明ではなく、
前の価値観が合わなくなったので個々の行為の積み重ねによって価値観が再構築されつつある状態ととらえるべきといったところでしょうか。
そして、価値観の再構築には、十分なコミュニケーションがなにより重要であると。
/.Jの参加者がこうしたいというそれぞれの意志を持って行動すれば、「衆怒犯しがたし」にはならんということですね。
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Re:これは,アノミーというのかな? (スコア:1)
#こんなところでぐだぐだ言ってもどうにもなりませんが
#ぐだぐだ言うのもわたしの/.Jの楽しみ方なの
#でもこの調子でぐだぐだ言っていると体力が持たない
Re:これは,アノミーというのかな? (スコア:1)
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Re:これは,アノミーというのかな? (スコア:1)
この言葉が使えると思うところは,AC叩きしても効果が無いということを上手く説明しているからのように思います。
他所で「発言のコスト」なんて話しが出てたそうですが,コストというより,情報の交換価値っていうほうが,私の場合しっくりします。個別の発言の価値って,けっこうみんなシビアに見てて,価値の高い発言だと思えば,そのぶん価値の高いコメントをつけようとすると感じる。がんばって書いたのに,質の低いコメントがつけば,損をした気がする。
ま,あまりに価値が高い発言ばかりなのも,出すものが無くなって困ってしまいますが。かわりにモデレートという報酬を使えるところが,スラッシュのシステムの面白いところなわけで。
私が,いじれるシステムパラメータってのは,自分のコメントの価値くらいしかないわけだし。その辺でアノミーと戦って見ようかと。
斜点是不是先進的先端的鉄道部長的…有信心
Re:これは,アノミーというのかな? (スコア:1)
価値の高いコメントを期待して、コストをかけて価値の高い発言をするってことですね。
で、自分の予想に反して価値の低いコメントがつくことが続くと、コストを払ってまで価値の高いコメントを書かなくなって、
「情報の交換」っていうことが崩壊してくる。それがアノミー、って理解でOK?
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贈与と借金 (スコア:1)
いや。反対。アノミーになると価値が崩壊する・・・ って同じか。そんな感じです。私がこの用語を使うときは,そんな深い意味付けや裏づけはないんで,普通に使う「社会不安」くらいの意味合いです。はい。
なにはともあれ「社会学」から離れましょう。それは yourCatさんがまとめてくれるそうだし。
や。しかし,なんか。ほんとに落ち着いたみたいですね。期間的に言うと4月1日から15日くらいだったのかな。どこがどう変わったのか,まったくわからないのが不思議ですが。
「都市論」って聞いて、妙に納得。(なにがだ?
でしょう。都市とインターネットって妙に相性がいいのだ。前に東京都現代美術館で,都市をテーマにした展覧会があって,そこでドイツ20世紀初頭の風刺漫画家による,都市を巨大なタコチューに見立てた作品が展示されてまして,それが地球サイズになったのがインターネットなのか。と想像すると,けっこう楽しい(士朗正宗の『オリオン』ですね)。ネタとしては,まとまんないんだけど,いろいろ考えているわけです。
贈与と借金
yourCatさんの云う「リスペクト経済」ではなく,交換行為に焦点を当てるのは,むかし読んだ『お金と日本人』という本だったと思いますが,それに,日本人は「贈与」を「借金」として受け止める。という話しがあって,たとえば「歳暮,中元」はあっても,プレゼントでは無い。というか「タダより高いものは無し」とか「親切をアダで返す」という言葉があるように,
親切は借金のように(必ず)返さなければならないもの。
と,(日本人は)考えているらしい。という説があるわけです。
ほんとかどうかはともかく。この説ってのは,とても強力で,これで日本人の国際協力の行動原理なら,ODAからオープンソース文化まで説明できちゃう。山形浩生もビックリな説ですね(しないか)。
だから,ESRのいうポトラッチとリスペクトでは,日本人の場合,どうも上手く働かないところがあるんで,そのあたりを「最後に親切が勝つ」みたいなかんじでまとめられないかなと。
#レヴィ・ストロースは,ジーパンを作った人。
#それは,リーバイ・ストラウス。
斜点是不是先進的先端的鉄道部長的…有信心
デュルケム デュルゲム・・・ デュルケーム (スコア:1)
とりあえず。こういうことかな。
ここ/.jpは「コミュニケーション」と「モデレート」と「スラッシュコード」でできてて,それらの相互作用がある。として,アノミーな状況の原因は「前の価値観(といっても,スラッシュドットの利用法みたいなもの)」が(ユーザー数増加などの変化で)合わなくなり,価値観の再構築が発生したと。
ああ。わけわからん。
斜点是不是先進的先端的鉄道部長的…有信心
Re:デュルケム デュルゲム・・・ デュルケーム (スコア:1)
せっかくのyourCatさんの日記が、私の社会学知識披露の場になっているような...
# だいたい、社会学ってアレゲな学問じゃないし。
言いたかったのは、「アノミー」だと否定的な意味が強すぎることと、「デュルケム」だと/.Jの価値観やモデレーションに基づく規範っていう確固たるものがあるかのように思えてしまうことが、どうかってことです。
「今の/.Jはアノミーだ」「最近の/.Jはイヤン」「このごろ毒電波が多い」って言い方には、暗に「昔>今」っていう考え方が含まれています。でも、絶えず/.Jは再構築されているわけで、「昔」には戻せないし、「良かった昔」ってホントにあったのかも疑問。
また、/.Jの価値観や規範てものも誰かがこしらえてくれて存在するものではなくて、アレゲな意思に基づく個人のアレゲなコメントの結果としてあるものだと思います。実際に、yourCatさんなどの日記によって、最近は/.Jの雰囲気が変わりつつあるのではないでしょうか。
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Re:デュルケム デュルゲム・・・ デュルケーム (スコア:1)
昔の/.Jを懐かしむのは、「最近の若いモンは」という歴史の必然ですね。そういう向きがあるのは否定しませんし、そうなのだろうと思います。特に早期参加者は本家/.や日本語版FreshMeatを知るユーザーが多かったために、共通の土台がより高いところにあり、雑談もしやすかったろうというものです。わたしのように/.Jのみを知って入ってくるLinuxもオープンソースも分からないユーザーが増えれば、暗黙の了解が通じず、居心地が悪く感じても仕方がありません。
参加型コミュニティー・サイトは、ユーザーが自らの手でつくり出すという気概がないとうまくいきません。萎縮傾向にあったために再構築が行われているように見えず、荒れる一方に感じていました。
そもそも暗黙の了解に依存する日本人の性質、『甘えの構造』ですが、これこそが「出る杭は打たれる国の/.」という命題の元です。再構築しようという意識の希薄さが、果たして議論の場を維持できるのか?自分の望む/.Jが天から降ってくるのか?たとえ前と同じものであっても、それが再構築の結果なら問題はないのですが。
この観点でよいユーザーとは、例えば初期の/.Jで有意義な発言をしていた人のことではありません。再構築を続け、生き残っているユーザーです。
いくらなんでもわたしの日記の影響力には疑問がつきますが、確かにここ数日で/.Jの雰囲気がよくなった気がします。記事が少なめの日が続いて、一つの話題をじっくり話せた結果か、あるいは四月馬鹿の影響が抜けたのかもしれません。
いずれにせよ、既にいるユーザーにとっては、再構築の経験値を稼げましたね。
で、わたしはアノミーという術語も手に入ってほくほくです。