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yuriの日記: メール 17

日記 by yuri

この出会いはこれまで私が経験したどれとも違う、と思った。

始まりはメル友探し。いわゆる出会い系。なんて手軽で、たくさんの
人が他人と触れ合いたいと願っているんだろう。
だから馴れ合いのうちに傷つけあう恋人よりも、会うたびに新鮮で手強い友達が欲しいと思い、
「言葉でどれだけ分かりあえるか試しあえる友達が欲しい」って書いた。
いろんな人からメールが来て、最初は数人の人とメールをやりとりしたけれど、あっという間にメル友は一人だけになった。一番ストレートなメールをくれた人だった。

その人は一ヶ月あまりで200通以上のメールをくれた。私たちはところどころでとても似ていて、あとは笑っちゃうくらい似ていない。学校で学んだことも、音楽の趣味も、仕事も、育った環境も。似ているのは、祈ること、愛という言葉を使うことができないこと、ときには闘わなければならないけれど、争いはいやだということ。

恋愛感情は湧かなかった。その感じをたとえて言うなら、一人旅をずっと続けている途中、疲れたから休もうと思い宿営地を探していたら近くの河原で誰かが焚き火をしていて、ふと立ち止まって隣にテントを張らせてもらって、いろんな話をしながら夜を過ごすときの感じ。

電話で話していて、私が最初「映画館も動物園も遊園地も一人で行く」って言ったら、ひとしきり笑った後で最高に優しい声で

いっしょに行こうよ、ねえ?

と言われた。そのときの声の感じは忘れないと思った。
映画館で手をつないで観ようと言われて私はすごくびっくりて
(だってラブラブカップルがいちゃついているときくらいでしょう?そんなの)
ものすごく引いたけど、結局いつも映画を観るときは手をつないでた。手をつないでいろんなところに行ったっけ。

初めて会ったときは、会ったら何を話すんだろうと思っていたけれど、会ってみたら言葉はいらなかった。シチューを食べてコーヒーを飲んでずっと家にいた。

そう、繰り返すけれど恋心に翻弄されることはなかった。
その好きの気持ちは、放課後友達の家に遊びに行く小学生のときの気持ち。
馴れあうことを怖れる私にこんなメールをくれたね。

あたりまえだと思ったら相手が大切だと思わなくなる。だから、茹で卵の殻を剥くように、大事にしよう。

そして私達はルールをつくって守ろうと決めた。

許す。奪わない。裁かない

男の子と仲良くなると、恋愛でも友情でもそうなんだけど、私にのめり込んだりなんかしないで早くいい人を見つけて幸せになって欲しいと思うのは、臆病さももちろんあるけれど、寂しい癖なのかもしれない。けれど他人の幸せを純粋に祝い喜べる神経の図太さと能天気さを、私は自分の良いところだと思う。
そのことも話したっけ。そしたら、ちょっとがっかりしたような素振りを見せたけれど、分かってくれたみたいで良かったと思った。

だけど

私の中の心と呼ばれる部分は、どうして私のもとを離れたり醜くなったり以前の気持ちを忘れてしまうんだろう。

お互いに些細なことで裁きあった。
仕事を辞めて住む場所がないなら、私のところに来ればいいと言ったのは私のはずなのに、好き放題に振る舞う姿を観るのはすごくいやだった。
定まらない気持ちを抱えて逃げるように散歩に出かけると、雑草が季節を謳歌するように萌え出る姿が瞳にまぶしくて、涙が出そうになった。
大事にしてもらっているのに、自分から大事だといえなくて、自分のずるさをいやになるほど思い知らされた。私はやっぱりずるい人間なのかもしれない、過去に私のことをずるいと言った人達の言葉を取りだして、自分にぶつけて、その痛みを弄んでいる私の隣で、利己的な面を受け容れられずにお互いがぶつかり合えば乗り越えられるとあなたは思っていた、
今考えたらそれは痛くて当たり前だよ。

私は何かを決断し選択しなければいけないんだろうか。
それが他人を傷つけると分かっていれも。
そんなときこの日記を思い出したりしたなあ。

そして週末に、もう毎日メールするのはやめようという話をした。
これ以上続けても、感情の波でお互いの足を引っ張りあってしまうから。
友達をやめるわけじゃないけれど、区切りをつけよう。
1年半の間に貰ったメールは3000通を軽く越えていた。

今はまだ振り返るときじゃない。思い出すと胸が詰まる。だけど苦しくはないよ。ただ、いろんな感情が溢れすぎて、涙がこぼれます。

おはようのメールもおやすみのメールも、いっぱい送ったけれどもうしないんだと思いながら歩いた帰り道、今夜の夕暮れと細い細いお月様は余りにも綺麗だったけれどもうそんなこともメールできないね。
心の中にしまっておきます。

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  • ものすごく冷静にご自身を客観視できているところが強さなんだな、と
    お見受けいたします。いや本当に。

    #なんか評論ぽくて御免なさい.
    • 自分が客観視できているかどうかは、自分では分からないものですね。
      願わくば、ぶつかり合うことで心が動揺したとき、
      動揺しない強さを欲しいとまでは思わないけれど
      動揺しながらも冷静に自分を見つめることができればなあ、と思います。

      だけど手に入れる方法は、よくわかりません ;)
      親コメント
      • by Ragamuffin (14676) on 2004年07月20日 7時55分 (#592538)
        > 動揺しながらも冷静に自分を見つめること

        それはおそらくつまらないことです。
        冷めた目で見ている自分もいて、
        心がいくつかに割れているわけです。
        そしてそのときには感情もほぼ死んでいます。
        というか、感情を殺すことで逃げているのですね。
        いくつかある自分のうちの「冷めた自分」に任せるので。
        なぜつまらないと言い切れるか、
        私がそうだったからです。
        Depersonalization という言葉を知っていますか。

        なお、私にもルールがありますが、
        それは私自身を縛るものでしかありません。
        だれかに求めたりするものではありえません。
        「従う掟は己の誇り」。
        常に我が道を行く孤独な旅人、
        その孤独を辛いなどと考えもしない孤高の人。
        それなのに。
        周囲の人が傷つくことには耐えられない。

        自分を律するルールはあったほうが良いでしょう。
        崩れにくくなりますから。
        けれど、他の人にルールを求めると、
        ルールが守られなかったと感じたときに苦痛です。
        最大限にルールを尊重されていたとしても、
        視点の違いから「守られなかった」と感じることもあるでしょう。
        そしてその誤解はほぼ永遠に解けない。

        自由でいることには辛いことも付き纏います。
        親コメント
        • 離人症(性障害)、いま初めて知りました。

          感情をシャットアウトしているという感覚は少しだけ分かる気がします。
          私の場合は、これは現象なんだと自分に言い聞かせる声が聞こえます。

          現象なんだ。時間とともに過ぎ去って、あとは全部忘れてしまうさ、って。

          ルールを作ったことは、結果的にお互いがそれを守れなかったことで
          苦しかったし苛立ちを露わにしてしまいました。
          Ragamuffinさんのご指摘の通りです。

          でも、小さい子供がままごとをして遊ぶときに条件設定やルールを作るみたいに、
          その(ルールを決めた)こと自体も、仲良くなるための手段だった
          気がします。

          人と関わると自分の小ささがよく分かるということを痛感しました。
          肚の据わった人間には、まだまだ全然遠いです。
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          • by Anonymous Coward
            岸田秀の「唯幻論」をご存知ですか。
            私達が人と関わりを持つ時のルールは
            「小さい子供がままごとをして遊ぶときのルール」と同じです。
            暗黙のルールがあることは楽なのです。
            悩まなくても決まったルールで応えればそれらしくなりますから。

            けれど、それでは面白くない。
            まtっ
            • by Ragamuffin (14676) on 2004年07月20日 23時53分 (#593071)
              ありゃ。
              酔っているので login しないままのコメントでしたが、
              上は私のコメントです。
              親コメント
              • 夏休み中に読んでみようと思います、唯幻論。
                親コメント
              • by Ragamuffin (14676) on 2004年07月22日 1時48分 (#593748)
                やめておいたほうが良いと思いますよ。
                岸田秀の本は簡単に読めてしまいますから
                貴重な夏休みを費やすこともないです。
                ヒマなときにパラパラとめくるだけで充分です。

                私は今年の夏休みをアクティブに過ごしてみようと思います。
                ここまでネストが深くなれば読む人もまずいないだろうから
                私には珍しくちょっとプライベートなことを書いてみましょう。

                今年の夏休みの予定。
                ・その一 横浜で15年来の友人達と呑む。
                ・その二 新横浜で姉夫婦宅を訪れて呑む。
                ・その三 川崎で新婚な友人夫婦の新居を訪問して呑む。
                ・その四 多摩で友人夫婦を訪問して昴君(一歳半)と遊びながら呑む。

                ああ、なんて退廃的なんでしょう(笑)。

                数日前に姉に言われました。
                「なんか焦ってる」と。
                さすが姉弟、その通り。
                正直言って明日があるかどうかよく判らないから、
                動けるとき、これが最後かもと思いながら行動しているようです。
                私が嫌いになった言葉、それは "Bye."。
                "See you again." に言い直させてしまいます。
                覚悟はあっても、やはり希望は欲しいです。

                電波入ってるコメントでお目汚ししました。
                親コメント
              • じゃあ唯幻論は夏休みの課題図書ではなくて
                暇なときに読んでみます:)

                私の夏休みの予定は:
                  実家で草むしり

                私も弟と会って久しぶりにマッタリ飲もうと思います♪

                >動けるとき、これが最後かもと思いながら行動している
                #どうしたら焦らずにすむんでしょうね?
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      • きっと、この日記を書くまでが大変だったんだと思う。
        「動揺しながらも冷静に自分を見つめる」文章だと思います。
        夜空を見ながら散歩してみませんか。月が綺麗ですよ。
        親コメント
  • なんだか滲みる話を聞いた気がしました。
    無性に夕焼けが見たいです。

    # なんというか、かっこいいです。
    # ってそんな言葉しか出ない自分に orz
    • 痛々しかったですか?

      転んで擦りむいた傷と同じで、こういうのは
      こんな傷ができたーと晒さずに、しれっとした顔で
      治るのを待つことが出来たらクールでかっこいいと
      おもうのですが、いかんせん痛いのスキなので…

      いやはや、お恥ずかしいです。

      #でも、痛いのはまだ続いたりして。。乞御期待(嘘
      親コメント
  • |'-')
  • by Anonymous Coward on 2004年07月20日 0時42分 (#592458)
    そうやって一人佇むyuriさんに少し憧れます。

    #勝手言ってごめんなさい。
typodupeerror

普通のやつらの下を行け -- バッドノウハウ専門家

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