パスワードを忘れた? アカウント作成
593770 journal

yuriの日記: 金太郎飴でいられない 13

日記 by yuri
昨日はなんだかすごくはしゃいで、出張に同行した先輩達と冗談を飛ばしあって、笑って、帰りに最寄り駅で一杯。くだらないことで盛りあがれるのってイイ!最近忘れてる気がする。うん、忘れてた。

今日は緊迫した勤務が一段落して羽を伸ばしたがっている友人と飲みに良く予定。最近誘いの頻度が少し増えたなー。ストレス溜まってるんだろうなー。だけど、遠廻しに誘惑されてもボクちん困っちゃう、だって一緒に仕事するのに、そういうのは無い方がいいもんね。
ただからかって遊んでいるだけだと、私にも分かるシグナルを出して欲しいのう。

ストレートを投げる友人からは、"あなたは僕を何度も傷つけたけれど、それを責める気持ちは全く無い、むしろ感謝しています。人は傷つくことで成長する、どうかあなたの幸せを祈ります"(意訳)というメール。
私も傷ついたと思っているんだよ。
責める気持ちは、情けないことにまだ心の中を往き来してる。
静かな部屋で、静かに音楽をかけて、愛を持たない自分を顧みたら少しだけ涙が出た。
自分のためだけに流す涙には、何か意味があるの?
そんな状態では返事を書けないので、メールをくれたことには感謝しているけれど、今日は返事を書かないでおこうと思った。

実家から玄米と精白米を送ってきてくれた。玄米を炊いて、冷凍してあるトマトソースと一緒に煮立たせて、冷蔵庫に残ってた「とけるスライスチーズ」を仕上げに入れて、簡単リゾット。玄米は、よーく噛むと少し渋みがあるのね。今度はパセリを入れてみよう。

心の持ち方一つで世界や人生やその他諸々が変わるというけれど
意識的に変えられないときは苦しいね。
かと言って(ここで題名)金太郎飴みたいに同じでいられない。
ポーカーフェイスの人だって、中ではさざめいているんだろうな。
顔面鏡面反射の私も、中の人はいろんなことが押し寄せてて
でも身体が動かなくて、ダラダラしているのに忙しい(笑)。

そんなこんなでケアレスミスをしてしまった(顔は笑ってorz
この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2004年11月13日 17時15分 (#652019)
    最初は ACoC (Adult Children of Alcohlics) 問題で、
    それを元にして ACoD (Adult Children of Disfunctional family) 問題で
    知られるようになった概念に共依存 (Co-Dependency) というものがあります。

    涙の谷 [earthlink.net]から。
    ここでの例は飲酒問題ですが、ちょっと当てはまっていませんか。
    飲酒は「物質依存」ですが貴方の場合は「関係依存」に見えます。
    「傷ついた」と伝えられないのはなぜでしょうか。
    もしかして enabler あるいは victum になっていませんか。

    メールが主なコミュニケーション手段なのであれば、
    そのメアドを一定期間は放棄した方が良いかもしれません。
    下にもありますが、「自分が危機感を持ったら、その場を離れ」ましょう。
    Enabler イネイブラー
    依存症者の世話を焼いたり、失敗の後始末をし、困った時には助けてやり、結果的に依存症者に飲酒を許してしまう人。依存症者はその人の存在に甘えて、自分の飲酒の問題の深刻さを正確に捕らえる事ができずに、いつまでも飲み続けます。イネイブラーは、頼られる事や「自分がいないとこの人はダメ」と思う事に満足し、依存している共依存のタイプ、自分がいないとその人がどうなってしまうか心配で仕方がないという感じで、常にそれに気がついて欲しいと思っています。(snip)

    Victum ヴィクトゥム
    依存症者とは密接な関係ではないけれど、社会的な接触の中で飲酒による被害を受けている人。(snip)意味もなく依存症者に怒鳴られて傷付いた子供、イネイブリングを許さない事が気に入らないと言って大切なものを壊されたり物理的に殴られたりする妻も、ヴィクトゥムと言えます依存症者の非常識な行動を許してしまっている人や、その被害を受け身になって過ごしているだけの人の事です。このタイプの共依存は特に、行動する事はなく、すべてを自分の中で消化しようと苦しんでいます。家族の立場でのヴィクトゥムは、精神的なダメージを多く受け、そのリカバリーをしないでいる事で方向を失い、結果的に依存症者の言うがままにされてしまいます。

    自分がヴィクトゥムであると思われる人は、その状況を避ける事から始めましょう。暴言、暴力はうけて立つ必要はありません。自分が危機感を持ったら、その場を離れるなどして自分を守りましょう。(snip)自分が、依存症者の為に犠牲になる事はないのです。

    イネイブラーを止める  (snip)冷たいようでも「本人の問題である」と割り切り、(snip)その問題に関わらない事、解決しない事がイネイブラーの行動を止める第一歩です。
    • victum って、私の知っている方々はアルコホルに支配されているわけじゃないけれど(いじめっ子だったり家族だったり観察対象の友人だったり)、言われてそのまま飲み込んでしまおうとしちゃう自分がちょっとだけオーバラップ。

      共依存になるつもりはないんだけど、困っている人に手をさしのべることの出来る人になりたいのです。
      愛情の無い私は、出来る範囲で自分の大切な人々に親切に
      出来れば嬉しいなと思います。生き甲斐だったりして(大袈裟だけどあながちウソでもなさげ)

      揺さぶることで人間ぽいあたたかい感情を思い起こさせてくれた友達を切ることはできないよ。

      距離を置くことは切ることじゃない
      のかもしれないけれど
      私はそこんところを理解出来ていないのかもしれません。
      自分には受け止められないキャッチボールだとしても
      構えて、受け止める意志を示す必要があるのかも
      そんな
      風に感じたりしています。
      親コメント
      • by Anonymous Coward
        共依存は物質依存の代表であるアルコール依存に限りません。
        関係依存の恋愛依存 [cafe.fem.jp]や行為依存のパチンコ依存 [geocities.co.jp]などでも存在します。
        で、前にも書きましたが、コミュニケーションに依存した関係依存が感じ取れます。
        貴方の存在に甘えていて自身の言動が当たり前かのようです。
        (ご家族は別ですけど、家族旅行もあまり名案と思えないんです。)

        困っている人を助けることは決して悪くありません。
        けれど、問題を抱えている人が変わるためには
        どうしても「自力で気付く」必要があるのです。
        そんなとき、貴方の支え方は気付きを遅らせかねません。
        本人に内省、内観でのモチベーションが要るので
        • 内側に(多分)あるモチベーションに揺さぶりをかけて
          自分の行動パターンをいままでと違う方向にずらしてみる
          チャンスなのかもしれない。。。。。。

          ふと、そう思いました。
          自分のパターンの中に埋もれている人は、変えられない。
          人と仲良くなるということは、仲良くなるプロセスは
          自分のスタイルと相手のそれとの違いに気づき、
          受容することなんだろうなあと思います。
          それが次第に、自分のやり方を尊重してくれないとか
          気持ちがずれてることに違和感を感じたり
          (最初からずれてて当然なのに!)
          わがままや甘えをなすりつけあってしまう、
          私がひとと仲良くなることに対して感じる怖れがそこにはあります。

          怖れる必要なんか無い、大して傷つくわけじゃないもん。
          (いまは落ち着いているのでそう思えちゃったりします)
          だけど自分が誰かを傷つけるのは、いやなものですね。
          可愛い小動物をつかまえて可愛がっていたら死なせてしまった みたいな
          後味の悪さを感じます。
          (これを読んで気分を悪くした人、ごめんなさい。
          書いてて想像してちょっとウッてなりました)

          参考文献は、苫米地さんの本だけは以前読んだことがあります。
          私には到底真似の出来ないテクニックです。。
          親しい人が自己啓発セミナーやその他諸々の精神的コントロールを
          受けていたときは、あなたがそれを信じるのは構わない、
          私には自分のやり方があるから誘っても無駄ですよー
          っていう態度を取ってたっけ。
          若くて一途だったからそういうことが出来たのかもしれません。
          で、私の信じた自分のやり方というのは
              … ナチュラルハイ
          今よりもっとずっと自分の中に溺れていたんです(うわ恥ずかしー
          親コメント
          • >人と仲良くなるということは、仲良くなるプロセスは

            横入りすまそ。これほんと難しいよね。
            でも最近ちょっと分かってきたことがあって、ここにぶつけてみるね。

            前からちょっとずつ話してたテーマ、我々の聖杯探しにおいて聖杯はあるのかないのかってやつ。前は「たぶんある」って思ってたけど、なんとなく「ないけどある」って禅問答みたいだけどそういう答えを発見したです。

            それ、自分に最適な人がどこかにいると思ってだめだったら別を探すってやつ。じゃなくて、いまの手持ちの人を最適化していくっていうの、彼氏なんかだと「育てる」とかよく言うけど、それって人間関係全般に適用できるって分かったのです。

            幸せな人間関係に恵まれている他人と孤独な私の違いはそこらへんだったかも。でガビーンですよ。

            今までは、素敵な夫婦も親友も大勢の友人関係もあるいは仲良しの家族も、私にはなんとなく幻想めいて(もっと言えば嘘っぽく)聞こえて、そういう話には「信じられない」と思うか「よっぽど幸運なんだなあ」と思うかのどっちかだったのね。

            でもそういう皆さんは、今ある手持ちの関係をより心地よく発展させた結果幸福なのだとしたら、運は関係なくて、つまり私はたくさんの幸福になるチャンスを捨ててたってことよね。

            例えば親友作りというテーマについて最近〜これまでの事件を分析してみると、どうやらうまく「こうしてくれると嬉しい」が伝えられなくて一方的に「こうしてあげると喜ぶ」ばかりになって、被害者意識が増大して関係が終わる、というのを繰り返してたらしいのら。

            今思えば惜しい人材が何人もいたら。

            そんなことが今まで分かってなかったの、あなた超あほだったのね、と驚かれるかも? もしかして高機能の自閉症かしら。昔取った脳スキャンはベリーきれいと言われたけど。あ、ACだったんだった。

            とまあそんなわけで、これからぼつぼつ練習しつつやっていこうと思ってます。そしてそんな告白をぶつけてる時点でyuriたそは私の練習台No.1というわけで、どうぞぼつぼつとよろしくおながいします(おれん家いつ来るんだよ?)。
            親コメント
            • by Anonymous Coward
              はじめまして、って anonymous で書いても仕方ないんですけど。

              貴方の「聖杯」への例えを読んで、
              もう貴方には薄々とでも答えがあるのかも、と感じました。
              円卓の騎士で聖杯を手に入れたのはガラハッドですが、
              手にできなかったパーシヴァル、ガウェイン、ランスロット達の
              伝承も伝わっていますよね。
              それらの伝承が今だ読まれたり聞かれたりされ続けているのは、
              「結果がすべて」ではなく「結果達成は別にしてプロセスを楽しむ」
              ということのような気がします。
              私にはコレは私達の人生でも同じだと感じるのですよ。
              せっかくの人生だから、楽しまないとね。

              オマケですが、キリスト
              • by verita'giardino (14712) on 2004年11月17日 1時24分 (#653543)
                はじめまして、ってXXさんですよね?

                >もう貴方には薄々とでも答えがあるのかも
                そうですね。答えはP、みたいな。まあなるようになるでしょう。。
                そのほかの人間関係については答えが分かったところで、
                現実問題としてはまだまだ難航しそうな予感です。

                でも#653064で引用されている関係が成り立つという考えはほんとに心が安まりますね。

                #に書いてくださったことについて、そう思ってくださって
                どうもありがとうございます。ですが、
                以前コメントをいただいた時に感じたのですが、意見が合わない時に、
                何かの拍子で猛攻撃に転じられることがありますよね。
                私ははっきりモノを言うたちなので、実際にお会いしたら
                気をつけていてもXXさんが気にくわないことをぽろっと言うかもしれません。

                実はyuriさんは会うことをおすすめしてくれるのだけど、
                性格があわなさそうなのでびびっています。
                親コメント
              • あー、中の人を知った人がまたお一人。
                どこで判るのでしょうか。
                (これ、ほんとに不思議です。)

                リアルの私はいつもテンションが低いので、
                その場で攻撃的になることはないでしょうね。
                「ああ、そうですかぁ。」ととりあえず答えておいて、
                後で思い出して一人ダウナーになることはあるのですけど。

                だからこそ、たまにネットで「攻撃的なペルソナ」を被るのです。
                実際
              • いや、ご自分で頻繁に別IDがとか匂わせていらっしゃいますよね?
                yuriさんのスレに現れるACさんも料理ネタやデートの話題などで共通してますし。
                ウォッチしてるわけじゃないんですけど、ここ数ヶ月とても暇にしているもので、しょっちゅうスラド日記を見てるのです。。

                それからペルちゃんの件ですが… 以前の日記にくださったコメントでは、持論を展開したいがために意図的に私のコメントをねじまげて解釈したうえでの攻撃でした。

                いくらペルちゃんのせいにしても取り返しがつかないこともあります。

                というか私自身が好き嫌いが激しいタイプなのです。単純に相性の問題ですので、どうかダウナーになられないように。ごめんなさい。
                親コメント
              • > 以前の日記にくださったコメント


                私が /.J で真正面からケンカを売ったことがあるのは五人だけで、
                貴方はその中に入っていないのですが。
                それがもし半年ほど前の工芸に関する話でしたら、
                本音の話だったのですけど。

                話があまりかみ合いにくいんでしょうかねぇ。
              • >話があまりかみ合いにくいんでしょうかねぇ。

                だからこそ、会ってノンバーバルコミュニケーションを
                試したら面白いと思うんだー。
                二人には共通点がいろいろある気がするのです。
                親コメント
          • 貴方は「観察対象の友人」に対して
            「家族のように振る舞う」ことができるでしょうか。
            いずれかが滅びるまで面倒をみたりするような。
            それくらいに他人の一生は重いものです。
            だから友達とは「友達としての付き合い方」ができてきます。
            限度がどこかに必要になってくるわけですね。
            けれど、だからといってそれは責められるものではないです。
            貴方はその責められる必要のないことで自分を責めているように見えます。
            カウンセリングの論理療法 [dion.ne.jp]でならばイラショナルビリーフと呼ぶでしょう。
            なので、貴方もそういったものから自分を「逆洗脳」していいのでは、
            と私ならば思います。

            家族は家族で、大人同士ならば互いに干渉しない部分も要ります。
            親子
    • アドバイスをありがとうございます。
      親コメント
typodupeerror

弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家

読み込み中...