yutarineの日記: なんで科学的な話は人気がないのだろう? 4
いや、大人気ですけどね、そういう界隈では。
でもどうも一般にはあまり人気がない様子。テレビや新聞だとたまに科学ニュースがあっても科学者の人物評価の話をメインにしちゃうし。
個人的には勉強の教え方に競争意識を持ち込ませ過ぎてるのと、競争社会において学歴が幅を効かせ過ぎてるのが科学を嫌いにさせてる要因だとは思う。
子供の頃から勉強全般が競争の道具になっちゃってるんだよね。特に数学とか科学は概念が理解出来たかどうかが大きくて、一度理解につまづくとその後ずっと理解できないままになりかねない。出来る子と出来ない子で差がハッキリ付き過ぎる側面が強い。
ポリティカルコレクトネスやらなんやらの文脈でポリコレ棍棒なんてのが言われてるけど、科学棍棒みたいなのもあると思うんだよね。
科学的な話かと思いきや、話をしている相手をやり込める目的として使われる感じで。
そんなつもりで話してなくてもヒートアップしてるとそんな感じで話しちゃったりするってのもあるだろう。
話している方が乱暴に話していなくても、聞いている方が過剰に反応してそう思ってしまう場合だってあるだろうし。
科学の理解度は人によって差が出やすいし、何か意見を言ってもすぐ科学棍棒で殴られるなんて状況だと、そりゃ嫌いになっていくだけなんじゃないかな。
それこそ分かったつもりになれる「感情的に共感が持てる科学的っぽい話」の方が求められるようになっていくのかなと。
なもんで、根本的には競争の道具になってしまっている状況をどうにか解消すればいいとは思うんだけど、学歴を軸とした競争社会である以上なかなか難しいだろうと思う。
お互いに競わせずにどうやって学力を上げるんだ?って話にもなっていくわけだし(←ここ一番難しいと思う)。
そこら中に科学の体験授業受けられる教室があるわけでもない。スポーツ大会に比べて、市民レベルの科学の賞というのもそれほど多くはないし。
実際、科学って「おもしろい」「役に立つ」だけじゃなくて「危険」ってリスクも含むから、そのへんの伝え方も難しい。
競争は悪じゃない (スコア:0)
悪いのは極めて一元的な価値観でしか競わせないこと。
他人と違わなければ大人になってから勝てないという認識が根本的に欠落している。
老害に都合のいいルールの下で競わせるだけだから金太郎飴の大量生産になってしまう。
Re:競争は悪じゃない (スコア:1)
科学の話を「面白い」と捉えることができれば、競争なんて不要なんですが。先日出かけた博物館の地学講座の講師は別の博物館の学芸員さんでしたが、子供のころに興味をもった恐竜にのめりこんだのがこの世界に入るきっかけだった(途中のエピソードは忘れた)とか言われていましたな。
つまり科学に興味をもつきっかけを育む学習教材は図書館にたくさんありますし、博物館が近くにあれば子供向けの実験教室や観察会が定期的に開催されているわけで。
日記の書き手はその辺に関して無知で、科学を学校でしか学べないと思っている、つまらない金太郎飴の端くれなんだなというのが、僕の感想ですwww
モデレータは基本役立たずなの気にしてないよ
Re:競争は悪じゃない (スコア:1)
日記には
というのを本文に書いたけれど、
という感想は正直理解に苦しみます。
日記の「そこら中に科学の体験授業受けられる教室があるわけでもない」という文からは、私がある程度は存在することを認識していると読み取れると思います。
しかしmasakunさん [srad.jp]の言う「科学を学校でしか学べないと思っている」というのはいったいどこから読み取ったのでしょうか?
さてそれにしても「つまらない金太郎飴の端くれ」ってどういう意味なんでしょう?
金太郎飴というのはどこを切っても同じですが、その端というのは歪んでいるので通常は切り落として売られています。
肉の万世コインチョコ金太郎飴発売/ニュース:肉の万世 [niku-mansei.com]
つまり金太郎飴だけども端というのは「金太郎飴だけども似ても似つかぬもの」ということになるでしょう。
すなわち「普通の要素から形成されてるけども特殊な存在である」と言いたかったのでしょうか。そうだとしたらテレますね。
(*´∀`)
科学的な話をすると、均質な物質でも端の方は条件が異なるため別の性質を持つなんてこともありますね。
そもそも始めに述べたように、masakunさん [srad.jp]には日記の内容がうまく伝わっていない節があるのでなんとも言えないです。
是非とも科学的なおもしろさも交えて解説して頂きたいところです。
Re:競争は悪じゃない (スコア:1)
> 悪いのは極めて一元的な価値観でしか競わせないこと。
それだと絶対的な勝者と敗者しか生まないですからね。様々な価値感の元に多様な競争が存在した方がいいというのは理解出来ます。その中でどうやって自分にしかない価値感を見出していくかが大切なんでしょう。既存のルールしかない場合は新しくルールを作っていく必要がありますが、どうやって新しい価値感の元に参加者を増やしていけばいいかが求められるのかなと。
そういった競争が求められる話と、日常生活で役に立ってもらうにはどうすればよいかという話はバランスの取り方が要求されるんだろうと思いました。競争から弾かれた人達はどうしても出てくるわけで、そこをどう補って悪感情を持たれないようにしていくかという話にもなると思います。