zokkonの日記: Professor Eben Moglen Replies (1) 2
本家インタビューが続々と翻訳されているが,これもちょっとタイムリーな話題かもしれない。
今年の2月に公開されたProfessor Eben Moglen Replies。
やりかけて,例によって第1問で止まってしまっているし,まずいところもたくさん残っているが,部長が発見してくれればだれかやってくれるかな~
1) これまでの最大の勝利と敗北は?
by Em Emalb
あなた方のこれまでの最大の「勝利」は何だと思いますか。
敗北は?
ここの読者の多くはきっとその答えを知っていると思っているだろうけど,当事者の口から直接きければ面白いと思います。
いい闘いに感謝。
Eben:
弁護士が訴訟に関わるときには,その成果は勝った負けたという言葉で判断されます。けれども,私がFSFに過去10年間で関わってきた仕事のほとんどは,訴訟ではありません。争いではないのです。人々が協力し合い,より多くのフリーソフトウェアが生まれ自由なままであることを手助けすることだったのです。GPLに従う方が,財団と争うよりもいいと説得するたび,だれもが勝利していると言えます。GPLを使えない,あるいは使いたくないというライセンスの供与者を説得して,GPL互換のライセンスを使えば彼らのコードも全世界のGPL適用のコードも自由に結合できるようにするたび,だれもが勝利しています。私がここ10年で非常に満足している成果のほとんどは,別に面白い話ではありません。粘り強く論理的に説得すれば,人々は正しい行いをするように確信させることができるという例に過ぎません。一方で,私が最も残念に思っているのは,共に働くことをうまく説得できなかった場所です。スラッシュドットに集う人なら,フリーソフトウェアの世界での論争,個人の間の衝突,協力の失敗によって進歩が疎外された例をすぐに思い起こすでしょう。何年にもわたってこうした溝を埋めようと務めてきましたが,まったくうまくいかなかったこともありました。
ここ数年私が関わってきた訴訟での論争はいろいろありましたが,必ずしもどれもが財団の側に立ってのものだったわけではありません。 財団自身も勝った負けたの微積分に加担しているし。 でも,91年から94年にかけて,フィル・ジマーマンをPGPの件で連邦政府が訴追しないようと他の人たちと共に努力してきたことに対しては今でもとても満足しています。 暗号戦争に勝利することは,私たちの陣営が90年代に行ってきた中で最重点課題の一つで,それはフィルの一件から始まったのです。 その一方で,今年最高裁での敗訴という結果に終わったエルドレッド対アシュクロフト裁判,これは著作権有効期間の延長に関する件ですが,言論の自由と自由な文化の運動に対して,この先何年にもわたって害を及ぼす明白な敗北です。 この事件で,私は財団の側に立って短い意見書を提出しました。 友人であり同僚でもあるラリー・レッシグは法廷で論証を行いましたが,彼と同様にこの敗北については個人として受け止めています。 しかし,法廷での敗北も,実世界において私たちが勝ち取ってきた勝利ほど重要ではないのです。 フリー・ソフトウェアは現に存在し,日々より強力に,よりエレガントになりつつあります。 これこそが,私たちすべてが共に勝ち取ってきた最も深遠な帰結としての勝利であり,この運動に対して私がなしてきたこのささやかな貢献を激しく誇りに思っています。
訳してみました。 (スコア:1)
2) GPLって難しい
by sterno
ひとつ気になっている問題があるんですけど、あたしが、GPLソフトを用いつつも、その修正はしていないよ、という状況には、GPLはどういうふうに適用されるんでしょうか? たとえば、あたしはJavaのアプリケーションを書くんですけど、それは、GPLなJARに依存しているのですね。とすると、あたしのソフトもGPLにしないといけないんですか? あたしは、JARを改変なんてしていなくって、ただ、あたしのソフトと一緒に配布しているだけなんですけど。エンド・ユーザさんがJARそのものをダウンロードするのと同じくらい簡単にダウンロードできちゃうとすれば、これって、あたしが、自分のパッケージに入れて提供するのが便利なんですけど。
Eben:
使用している言語やプログラミングのパラダイムは利用規約に及ぼしませんし、また、GPLなコードが修正されたか否かも関係ありません。あなたのコードが、たとえばGNU Readlineなど、GPLなライブラリへの静的ないし動的なリンクに依存するのと、状況はなんら変わるところはありません。あなたのコードを動かすには、新たな派生物を形成すべく、そのGPLなコードと併せなければなりませんね。すると、あなたのコードは、GPLの条項のもとでGPLで配布されなければならないと、GPLの2(b)節に定められています。他の部分のコードの作者が彼のJARを劣等GPLのもとでリリースすることを選択したとすれば、その成果物へのあなたの貢献部分については、あなたは、どんなライセンスでも好きに選んで、そのもとでリリースすることができるでしょう。ただし、先の作者が、GPLのもとでリリースするなら、それは、「平等に分かち合おう」という原則の主張を選んだということになります。
Re:訳してみました。 (スコア:1)
さっそくありがとうございます。
部長と同じくらいすばやい人がいてびっくりしちゃったよ…
今ごろ気づくおれ