zokkonの日記: 書評:ブックストア
『ブックストア--ニューヨークで最も愛された書店』(リン・ティルマン著,宮家あゆみ訳,晶文社)
ニューヨークにあった伝説の書店,ブックス・アンド・カンパニーの誕生から閉店までの話。松岡正剛の千夜千冊で取り上げられていた。
そのオーナーだったジャネット・ワトソンによる1人称の語りと,関係者や同業者によるコメントによって進行していく。最初,この「私」が著者リン・ティルマンのことかと思って戸惑った。
ニューヨークの文芸シーンに興味のある人,つまり訳者が副編集長を務める「ペーパーバックを読む人のための雑誌」『アメリカン・ブック・ジャム』を愛読していた人だったら,この固有名詞の洪水もかなり楽しめると思うのだが,そういうところに知識がない人にとっては,読み飛ばさなければならない箇所が多くてちょっとつらいかも。
ベストセラーに背を向けて,文学やアートを中心とした個性的な品揃えで勝負する店を,地代の高いニューヨークでやっていくのは難しかったということで,そこのところだけに注目するとアメリカも日本と同じように出版不況だと思ってしまうのだが,実はアメリカの出版市場自体は着実に成長を続けているのである。書店業界だけでいえば,ナショナルチェーンに押されて小さな独立系書店は存続が難しくなってきているのは事実だし,出版社の動向をみても,文学系の小出版社やインプリントが廃業するという話もよく聞くが,逆に考えれば日本もアメリカ並みの市況にまで回復することは不可能ではないのかもしれない。そのための武器になりうるのは文芸・アート系の出版物でないことは明白だと思う。
オーナー自身をはじめとして,ブックス・アンド・カンパニーが20年存続したことを評価する人もいるが,文化事業は続けてこそ意味がある。20年では短い。もう少し長く続けるための方策がなかったのか。こういう文学的な回顧録よりも,経営学的な分析の方がためになるかもしれない。そういう点では,この本にもコメントをいくつか寄せているマイケル・パウエル(たぶんパウエルズ・ブックストアの経営者)の話が読みたい。でも業界の外ではまったく知られていないからなあ。
訳者は前述の通り,アメリカン・ブック・ジャムの副編集長であり,ライターであり,翻訳家でもある。翻訳家としてのキャリアは,DHCの翻訳コンテストで優秀賞をとって『腐ったアルミニウム』を刊行してからだと思う。そのときはすごくうまいと思った。
(それは単に同コンテストで自分は予選すら通らなかったせいかもしれないが。)
『ブックストア』の場合はけっこう粗が目立った。
Gillespie「ジレスピー」(「ギレスピー」のほうが適当),Taschen「タスチェン」(「タッシェン」),「ヴァージルやホーマー」(普通はギリシャ風に書くだろう)など,固有名詞の表記に関して詰めの甘さが随所に見られた。
まあこれも典型的な傍目八目ということで。
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