これらワープロ大手5社の1982年度生産台数シェアは、富士通22%、東芝21%、日本電気16%、キヤノン10%、シャープ10%であり(日本経済新聞1983年3月25日)、合計すると「JIS C 6233キーボードでのカナ漢字変換」がトップシェア、「親指シフトキーボードでのかな漢字変換」が2番手、「ペンタッチ式タブレット」や「ローマ字かな漢字変換」はさらに下、ということになる。ところが、話はそう簡単ではない。
当時のワープロ各社は、自社のシェア拡大のために、より高機能・多機能なワープロをより安く売るという戦略を取っていた。仮名漢字変換も、より高機能・多機能となることが求められていたのである。そんな中、日本電気は1982年5月に発表した『文豪NWP-11N』においてローマ字かな漢字変換をサポート、東芝も1982年5月発表の『TOSWORD JW-7』においてローマ字かな漢字変換をサポートする。この時点で、JIS C 6233キーボードを採用している大手3社(東芝・日本電気・キヤノン)は、いずれもカナとローマ字の両方による漢字変換が可能となった。さらに、1982年12月にはシャープが『書院WD-2400』を発表、JIS C 6233キーボードからのカナ・ローマ字入力と、従来のペンタッチ式タブレットを併用した「3ウェイ入力」をサポートした。そして、富士通も1983年4月発表の『My OASYS 2』でローマ字かな漢字変換をサポートし、同時に従来のOASYSにもローマ字かな漢字変換機能を追加した。親指シフトキーボードは、「英字」キーを押すことでQWERTY配列の英字入力が可能だったが、この「英字」キーを3回連続で押してローマ字かな漢字変換に切り換える、という機能をハードウェアの変更なしに追加したのである。
このような動きを背景に、大学などの教育現場では、将来どのワープロを使うかわからない初心者に対しては、とりあえず「ローマ字かな漢字変換」を教えておこう、という考え方が現れた。当時のワープロは、やっと個人でも手が届く値段になってきていたものの、やはり各企業が業務用に設置するものだったから、どのワープロを使うハメになるか、就職してみないとわからなかった。「親指シフト」のシェアは相変わらず20%を超えていたから、「JIS C 6233キーボードでのカナ入力」を初心者に勧めるのはリスクがある。その点「QWERTY配列でのローマ字かな漢字変換」であれば、各社とも一応は対応している。また、コンピュータ・プログラミングを必要とする部署や、英文誌への論文投稿(原稿は当然、英文タイプライターで打つ)を考えるならば、とりあえずQWERTY配列を覚えておいて損はない、というのが当時の認識だった。
結局のところ、「JIS C 6233キーボードでのカナ入力」も「親指シフト」も独占的なシェアを得られなかったために、そのどちらとも両立しうる「QWERTY配列によるローマ字かな漢字変換」が推奨されるという、皮肉な結果になったのである。ただし、当時において既に「ワード・プロセッサはテン・キーで十分だ」(『日本文入力法の将来像』, 情報処理, Vol.23, No.6 (1982年6月), pp.574-586)という意見があったのは、特筆に値する。この意見が正しかったかどうかについては、今後の仮名漢字変換の主流の推移を見守る必要があるだろう。
ハッカーとクラッカーの違い。大してないと思います -- あるアレゲ
親指シフトのシェアについて (スコア:1)
杉田伸樹(ぎっちょん) 親指シフトウォッチ http://thumb-shift.txt-nifty.com/
Re:親指シフトのシェアについて (スコア:1)
ワープロ登場以前のコンピュータで「ローマ字かな変換」が可能だったかどうかについては、私は何の証拠も持ち合わせていません。一応、『実用の輪が広がる漢字情報処理』(日経エレクトロニクス, No.201 (1978年12月11日), pp.76-113)と、その参考文献はひととおり読んだんですけど、1978年当時は「漢字入力をどうするか」にみんな目がいってたようですし。私にわかってるのは、少なくとも『漢字CP/M-86』(1982年10月発表)や『MS-DOS Ver2.01(漢字)』(1983年5月発表)では「ローマ字かな漢字変換」がサポートされていたものの、オプションだったために必ずしも各社は採用していなかった、というあたりまでです…。
Re:親指シフトのシェアについて (スコア:1)
神田さんのサイトにあるオアシスのカタログを見ていて、確かに100シリーズ以外では初期は親指シフトキーボードだけだったことが分かりました。100シリーズでのキーボードのラインアップやローマ字入力の採用などと合わせて時系列で見ると、面白い発見ができそうです。
富士通に、あるいは親指シフトに対してきつい言い方をすれば、当初から親指シフトがダメになってもオアシスは生き延びていけるように考えていたということかもしれません。現実は、オアシス(ワープロ専用機)よりも親指シフトの方が生き延びている訳ですから皮肉です。
ワープロ登場以前の状況についてはもう少し調査が必要ということですね。例えば銀行の通帳の名前は昔はカタカナだったような気がするのですが、こうしたものを入力するのはどのようにしていたんでしょうか。結構奥が深そうです。
杉田伸樹(ぎっちょん) 親指シフトウォッチ http://thumb-shift.txt-nifty.com/
Re:親指シフトのシェアについて (スコア:1)
ワープロ専用機にしろパソコンのワープロソフトにしろ、文字入力の最終製品は漢字かな混じりの文章です。初期の頃は、漢字変換の機能(弱い)と比較して、入力方法(かな、親指シフト、ローマ字)の選択の良し悪しが生産性に及ぼす影響は大きかったと考えられます。ところが、漢字変換の機能は急速に進歩したため、入力方法の選択の相対的な重要性は低下していきました。
さらに、ワープロの普及により皮肉なことに、ユーザーに文章をたくさん書く必要がない人(典型的には年賀状の印刷のためだけに使うような人)が増え、文字入力の生産性に対する関心は薄れていきました。
こうした状況の中で、別な要因(安岡さんが挙げられたのもその一つかもしれません)である程度の地歩を得ていたローマ字入力が最大公約数的なものとして選択されていった、というのが私の考えるストーリーです。
もし、日本語がかなだけで書かれるものだったら、違ったストーリーになったかもしれません。前のコメントに書いたように、銀行の通帳などの名前は長い間カタカナだったと記憶しています。このような状況でどのような入力方法が選択されていたかを調べることは、謎を解きあかす鍵の一つになるかもしれません。
杉田伸樹(ぎっちょん) 親指シフトウォッチ http://thumb-shift.txt-nifty.com/
漢字システム以前のカナ入力 (スコア:1)
Re:漢字システム以前のカナ入力 (スコア:1)
詳しい調査ありがとうございます。こうした文献調査などをきちんとやってというのはちょっと今の私の手には負えないので、老後の楽しみに取っておくことにします(笑)。
ただ、こうした技術の最初の頃はいろいろな方式が提案されるのがだんだんと少ない数のものに統一されていく、という道筋がどれにもあるようだということはおぼろげながら言えそうな気がします。
ワープロのキーボードについてもそのような一般的原則のルートを経てきたのかもしれません。
ところで、パソコンの文字入力に関しては最近いろいろな提案(ほとんどが個人によるもの)がされています。詳しくは、例えば私のブログのリンク先を見ていただくと分かると思います。これは、キーボードの配列を変えるだけだったら簡単にできるようなツールが最近になって整備されてきたことに関係があると思われます。
ローマ字入力に大勢が決しつつある中でも、新しい多様化の芽が出つつあるのかもしれません。この芽が育っていくかどうかはこれから見ていく必要があると考えています。
杉田伸樹(ぎっちょん) 親指シフトウォッチ http://thumb-shift.txt-nifty.com/
OASYSでのローマ字入力 (スコア:1)
杉田伸樹(ぎっちょん) 親指シフトウォッチ http://thumb-shift.txt-nifty.com/