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moniom (5125) の日記

2003 年 11 月 20 日
午前 10:57

知財権の原理主義

11月17日の 「サブウィンドウ開くウェブページは特許侵害!?」 を見て思いついたこと。

JASRACを代表する、知財権がらみの権利をやたらと主張する人々の考えや行動には、一種の原理主義か右翼的なものを感じる。ひとつひとつは必ずしも間違いとは言え無くとも、全体では多くの矛盾や違和感を覚えるものでは無いか。

その主張を破綻させないためには徹底して行き過ぎた行動に辿り着かざるを得ず、自己中心的で排他的なイデオロギーで自分の主張を例外なく、実力以上に認めさせようとする。本来そうする程で無い成果を自分だけのものに独占しようとし、それは自分だけの力で生み得たものだと考える。たちの悪いことに、一見完璧で隙の無い理論武装をしている点もイデオロギーの特質を如何なく発揮している点だと言えるだろう。イデオロギーであるが故に細かな例外でも認めてしまえば、全体の主張や行動に綻びが出ることも本能的に知っており、行き過ぎた行動への悪循環を生むのである。

譲り合い、与え合い、認め合い、助け合いなどの、相互依存、相互利用の類を、規則と金でしか処理出来ず、その範囲外の出来事には暴力まがいのことでも平然と実施する。人間が心に豊かさを感じ、おおらかに新しい息吹となる創作が行える環境は、規制と規則と金の社会では本来無いだろう。一見隙の無い理論を持ったからと言って、その使い方、運用の仕方や程度に問題があれば本末顛倒である。

もし全ての人々が、同様のイデオロギーで任意の権利を主張し、規則と金と暴力まがいの行為を理論武装によって正当化し、程度を超えて実施するなら、そもそも我々人間が住む社会が成立するのか、新しい創作が生まれ続け社会が正常に発展するのか、甚だ疑問に感じる。

人間社会相互の成り立ちや自由奔放な表現からくる心の豊かさの原点に帰れば、そうした行き過ぎた部分の行為は全ての社会に対するテロ行為とも言える。オープンソースの思想と対極に来る、そうした妙な社会的風潮の中から生まれた危険極まりない過ちの一症状が今回の件であり、続々と出てくる妙な“特許”の数々では無いか。

この『知財権の原理主義』に冷静かつ良識を持って対抗するための、行き過ぎを防ぐ議論や理論武装の必要性が高まっているのでは無いかと思う。
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UNIXはただ死んだだけでなく、本当にひどい臭いを放ち始めている -- あるソフトウェアエンジニア

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