パスワードを忘れた? アカウント作成

Kaoru_Tさんのトモダチの日記みんなの日記も見てね。 スラドのストーリを選ぶための補助をお願いします。

10467171 journal
日記

Kaoru_Tの日記: 電王戦について考えたこと

日記 by Kaoru_T

第2回電王戦がヒットしたのは,(もはや格上と思われる)コンピュータ相手にプロ棋士が抗っているという構図が受けたことが理由だと思う.だって,プロ棋士が,プロでない「もの」に将棋で負けるなんて,めったに見れないことなのだから.

例えば,プロ並みに強いアマ強豪(が存在したとして)を頑張って何処かから探してきて,同様のイベントを開催しても,ヒットしたんじゃないかと思う.

しかし将棋連盟とドワンゴは,第2回電王戦がヒットしたことに味をしめて,「電王戦」,即ちプロ棋士vsコンピュータの試合を,長く興行的に成功させることを考えているように感じる.それが,コンピュータ側のハード統一や,ソフト貸出の強制として現れているのだろう.

確かにそうすれば,「電王戦」自体は延命できるが,勝負として面白くなるのか疑問である.第3回が一般に受けるかどうかは私には予測できない.しかし,ソフト貸出強制を活かした,プロ棋士の研究発表みたいな将棋が5局連続で続いたら,将棋ファンは電王戦から離れていくんじゃないかなと思う.

さてさて,第3回電王戦はどうなることやら.

# ところで,プロ棋士達の態度が,プロ棋士側に明らかに偏ってるのはどうにかならないんだろうか.プロは勝負に関して中立であるべきなんじゃないの?

10372477 journal
日記

Kaoru_Tの日記: アイデアの適切な棄て場所がほしい 1

日記 by Kaoru_T

時たま,「自分では実現できないが,実現したら面白そうなアイデア」が浮かぶことがある.そんなアイデアを棄てる適切な場所がほしい.

最近思いついたアイデアとしては,「将棋のプロの対局で王手飛車をかけて負ける確率を算出したい」と「時間制限ありで正規表現のマッチングの問題を出題するサイト」などがある.(後者はかなりありそうなサービスなのだが)

実現するだけのリソースを持つ人間が「面白い」と思わなければ,別にこういったアイデアがこの世から消えてしまっても構わない.しかし,彼らも面白いと思ってくれるような気がするし,何よりも,世の中にはもっと面白そうなアイデアが実現することもなく棄てられているのだと思うと,少し悲しくなる.

アイデアの適切な棄て場所ってないんですかね?

# それって要は無報酬の仕事依頼では?という声が聞こえた気がするが気にしない

7036619 journal
日記

Kaoru_Tの日記: 「このTVは1インチあたり何円」 1

日記 by Kaoru_T

「このTVは1インチあたり何円」という表現って何の意味があるんでしょうね.
インチ数と値段が比例するとはとても思えないのですが・・・

6460154 journal
日記

Kaoru_Tの日記: 23世紀のテクノロジー 1

日記 by Kaoru_T

映画「ゴジラVSメカゴジラ」は,こんなシーンから始まる.

”時は1992年.海底に沈んでいたメカキングギドラの残骸(諸事情あって23世紀から来て,ゴジラに壊された)から,現代の人間は23世紀の工学の知識を得た.現代人はその知識を用いてメカゴジラを作成した.(以下省略)”

この映画を観て考えたのだが,200年先の工学がふんだんに使用されているであろうロボットを現代人が手に入れたところで,それに用いられている理論及び技術を解析して応用できるのだろうか?素人考えでは,できっこないと思う.

そう考えると,あの映画はどうやって解釈すれば良いのだろう.

優しい未来人が,メカキングギドラの体内に論文集の入ったフロッピーディスクを入れてくれていたのだろうか.
あるいは,メカキングギドラを作るための工学は,今の工学をそう変わらないのかもしれない.もしかしたら,人類がメカゴジラを作れる日はそう遠くないのだろうか.

2410036 journal
Facebook

Kaoru_Tの日記: Facebookの幽霊

日記 by Kaoru_T

少し前に古い友人が心筋梗塞で亡くなった.

彼とは1年ほど前にFacebookで再開し,Facebookのお陰で少しではあったが連絡をとっていた.
そんな彼が亡くなった.
彼の葬儀が済んだあとに,私はふとあることに気づいた.
Facebookのチャットのオンラインの欄に彼の名前があったのだ.
スマートフォンのアプリでFacebookにログインするとこういうことも起こるのか,とその時は思っていた.
しかし,20数日が経過してもオンライン欄から彼が消えることはなかった.彼の家内は彼の携帯を処分していないのだろうか?
そんなことを考えていた.

そして更に先日,Facebookから「今週誕生日を迎えるお友達」のメールが来た.
その中に彼の名前があった.

考えてみれば,私が知っているSNSでユーザーが死んだ時のことを考えているものはない.
(Twitterなどは死んだらつぶやかなくなるだけなので問題はないが)
現在SNSを使用しているであろう世代(10~50代と勝手に想定した)が死ぬことは珍しい.
しかし十年二十年も経てば,この世代が更に歳を重ね,次第に私の友人もあの世へ行ってしまうだろう.
そしてFacebookはもう歳を重ねることができない友人の誕生日を知らせるようになるだろう...

これからもFacebookは彼の誕生日を知らせてくれる.
自分がもし近いうちに死んだら・・・
私はFacebookのアカウントから,自分の誕生日情報をそっと削除した.

typodupeerror

身近な人の偉大さは半減する -- あるアレゲ人

読み込み中...