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y_tambeの日記: 新型インフルエンザの毒性

日記 by y_tambe
Yahooニュースより

微妙にスルーされてるような気がするニュースだけど、ここは、しばらく注目しておいた方がよさそうな部分だったりする。つまり、今回の新型インフルエンザにおいて「ウイルス性肺炎を起こすリスクがどれだけか」ということ。

実はそもそもインフルエンザウイルスでは、いわゆる強毒性のHPAIを除くと、「インフルエンザそのもの」が直接の死因になるケースは意外と少ない。高齢者などでは、インフルエンザに続いて、黄色ブドウ球菌などによる肺炎(続発性細菌性肺炎)を起こすリスクが高いので注意が必要なのだけど、それとは別に、まれにインフルエンザウイルスそのものによってウイルス性肺炎を起こすケースというのが存在している。

この「まれにしか起きないはずの、ウイルス性肺炎」のリスクが、新型で高いのかどうなのか、という部分は、通常の季節型に比べて若干死亡率が高い理由とか、若年層に多い理由などにつながってくる可能性がある。

じゃあ、このウイルス性肺炎の起きやすさが、ウイルスのどの部分の違いによって起きるのかというと……実はこれがまだ、詳しく判ってないところだったりする。

とりあえず判明していることを述べると、まず一つにいわゆる強毒型のHPAI(開裂しやすいHAを持つもの)は、いわゆる弱毒性のものに比べて肺炎を起こしやすい。これについては、HAの開裂しやすさの違いで、増殖できる宿主細胞/組織が多くなるから、ということで説明可能である…が、当然、今回のものの説明にはならない。今回の新型は、「いわゆる弱毒型」のHAを持っていることが判っているからだ。

じゃあ他の説明はないのかというと、一応は類似した例についてのものがある。それはスペインかぜの場合。スペインかぜのときのウイルスは自然界に現存していなかったので、ごく最近になって、当時の遺体から分離された遺伝子をもとに復元された。それで、現存するウイルスとの比較からスペインかぜの毒性の強さの理由が何であるかという研究が行われてた。この研究については、東大の河岡先生らが世界の第一線で活躍してるのだけど、その結果、彼らはインフルエンザウイルスが宿主の細胞の中で、ウイルス自身の遺伝子やタンパク質を作りだすときに用いる、ポリメラーゼ(PA, PB1, PB2の三つから構成される)の違いによるものではないか、という報告をしている(PNASの論文)。

#かいつまんで述べると(1)活性が高いポリメラーゼを持つものの方が、ウイルス遺伝子の複製やウイルス粒子形成に必要なタンパク質の合成が促進されるので、増殖が早くなる。(2)実際に、動物実験(フェレットでの実験†)でも肺での増殖が亢進されている。という内容のもの

以前の日記で、インフルエンザの「いわゆる強毒型」「いわゆる弱毒型」というものと、本来の「強毒型」「弱毒型」という用語は同じではない、ということを述べたけど、これはまさに後者の例…「HPAIタイプではないが毒性が強い」(「いわゆる強毒型」ではないが、従来のものよりは強毒性のもの)というものに相当する。

#ただし、スペインかぜでは他にHAにもHPAIと共通する変異箇所(通常のHA開裂近辺とは別にbasic patchと呼ばれるところがある…こちらは何をやってるか、まだよく判ってない)もあるので、ポリメラーゼ活性だけで、スペインかぜの毒性の強さを説明するのはまだ時期尚早かと。

ただしPA, PB1, PB2という3つのポリメラーゼ遺伝子の違いが、実際にヒトのインフルエンザ肺炎の発生に関係しているのか、という部分についてはまだ証拠がない。またPA, PB1, PB2が「どう変わっていれば」その活性が上がるのか、という部分も判っていない。ただし、新型インフルエンザの場合、これらすべての遺伝子がカリフォルニア、またはヨーロッパで流行したタイプのブタインフルエンザに由来するだろうことが指摘されているので、「従来のPA, PB1, PB2とは違う」ということだけははっきりしている(AJ Gibbs vs WHOの、新型の起源についての論文はまだみたいだけど)。

…とまぁ、大体現状判っているのはこのくらいのところ。ひょっとしたら、この辺りの話がやがてニュースで取りざたされるようになるかもしれないので、一応、事前に大体の背景としてまとめておきます。
−−−−
†実はヒトのインフルエンザウイルスは、元々ヒトと同様の症状が出る実験動物がほとんどいません。このせいで「このウイルスが元凶だ」という、病原体としての証明がされるまでには、長い時間がかかりました。この証明を可能にしたのが、フェレット(イタチの仲間:ここ最近では、ペットとして日本でも見かけるようになりましたが)での実験です。いくら他の実験動物を使っても再現できなかった研究者たちが、最後に辿り着いたのがフェレットで、それでようやく証明実験が成功した、というわけ。
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