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yasuokaの日記: タイプライターのシフト機構 8

日記 by yasuoka
矢沢久雄の『キーボードが複雑怪奇な理由』(日経パソコン, No.504 (2006年4月24日), p.165)を読んだが、19世紀のタイプライターを全く調査していないらしく、間違いだらけの内容だった。特に、タイプライターのシフト機構に関する以下のくだりは、間違いにしてもあまりにもヒドイ。

特殊なキーの名称の由来の多くは、タイプライター時代の名残りです。Shiftは「ずらす」という意味です。タイプライターの一つひとつのアームには、アルファベットの大文字と小文字の両方が刻まれています。通常の入力では小文字が印字され、Shiftキーを押しながら入力すると、アームが持ち上がって大文字が印字されます。

機械式タイプライターでは、Shiftキーが持ち上げるのはプラテン(紙を巻きつけるローラー)の方だ。アームが持ち上がったりはしない。しかも、「持ち上げる」のなら「Shift」ではなく「Lift」だ。この記事では、大文字小文字の切り替え動作が、なぜ「Lift」ではなく「Shift」になったのか、全く説明できていない。

実は『Remington No.2』(1878年発売)では、大文字小文字の切り替え機構は、プラテンの前後移動によって実現されていた。upstrike式タイプライターでは、印字点がプラテンの下面にあるので、プラテンを手前にずらすやり方が自然だったのだ。それゆえ「ずらす」意味の「Shift」が、機構そのものの名称になったわけである。一方、『Underwood No.1』(1895年発売)では、大文字小文字の切り替え機構は、プラテンの上下移動によって実現された。frontstrike式タイプライターでは、印字点がプラテンの前面にあるので、プラテンを持ち上げるやり方が自然だったのだ。しかし、「Shift」という用語そのものは17年間で既に定着してしまっていたため、プラテンを「持ち上げる」にもかかわらず「Shift」と呼ばれ続けることになった。20世紀の機械式タイプライターは基本的に『Underwood No.1』の末裔であり、プラテンを持ち上げることを「Shift」と呼ぶのはこのためである。

ちなみにこの記事は、タイプライターの「アーム」に非常に執着しており

キーボードのアルファベットの配置は、驚くなかれ、わざとバラバラにしてあるのです。その理由もタイプライター時代の名残りです。機械式のタイプライターを使ったことがある人は経験があると思いますが、キーを連打するとアーム同士がからまることがあります。これを解決するために、連続して打つことの多いキーは、わざとバラバラに離してからみにくいようにしてあるのです。

などと平気で書いている。19世紀のタイプライターにも書いたとおり、『Daugherty Visible』(1893年発売)より以前のタイプライターは、「アーム」などという機構を有さない。したがって、アームの絡まり云々を、QWERTY配列の成立(1882年頃)に関して論じるのは、全くナンセンスである。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  •  まったく一次資料にあたっていなくても、「キーをアルファベットと無関係にバラバラに置くとアームがからまなくなる」という論理はおかしいとすぐ気づきますよ。
    ・どんな配置だろうが、慣れてしまえばタイピング速度は速くなる。アルファベット順が特に速いわけではない。ただ、初心者の習得に要する時間が短くなることは確実。携帯のテンキー入力と同じ。
    ・連続打鍵されるキーが離れていた方がジャミングしにくい構造のタイプライタであっても、26文字しかないアルファベットで固有名詞も含めて数万語を打鍵するのだから、どんなに工夫しても、いつかは隣り合わせのキーは連続打鍵される。キー配置の工夫にはあまり意味がない
    ・右手と左手が交互に使われる打鍵法がもっとも速いし、力の強い第二指や第三指を多用する方が疲れにくいので、その反対のキー配置は、むしろ隣り合っていて、かつ、第4指や第5指の移動を多用するキー配置である。離してしまっては打鍵速度が上がってしまう!
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あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall

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