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「必要」なものなのであれば、なぜ需要が起きないのでしょうか?
名目金利がゼロにはりついて流動性トラップにはまってるとしても、金融拡大は未来の期待価格水準P*をあげて、結果として実質
最先端の「モノ」、例えばカーボンナノチューブや燃料電池が、潜在的な需要を満たすだけ、しかも安く作れるかといえば、そうではないと思います。
それはつまり市場がない、もしくは未熟で採算に合うだけの規模に現状では成長していない、ということです。
しかし、それがすぐに人々の生活を豊かにする「モノ」の需要が低下する必要があるということにはなりません。
北欧など国々の方針は「モノをあふれ続けさせてさえいれば生活は豊かになる」という考えからの脱却を目指し
まず米国と比較して日本は狭い市場であり、さらに日本語でまずは作られる ため、世界に出て行きにくい(なぜインドがソフトウェアにおいて優秀な国であるかと言えば、 英語が準標準語である発展途上国であるからでしょう)。 売るものが形のあるものならば言語は大きな問題にはならないが、ソフトウェアは そうではない。
その上、日本には大規模な製造業企業が互いに市場を食い合っている。 そのため、ソフトウェアでは米国と比較して日本は生産性が低い。
SIはともかくとして、OS、ミドルウェアに関してはこの差が大きいのではないでしょうか?
日本と米国の人口、GNPの差は2倍ぐらい。 ITの市場規模も先端でなければそのぐらい。 新しめのネタだと4~10倍ぐらいでしょう。
日本でパッケージ適用率が低いのは、市場規模が小さいから だと思うのです。狭い市場でベンダが多いので、お客さんの 言うことを聞かないと仕事が取れない。 市場が大きければ、そのパッケージに合うお客さんがいる。 パッケージを適用した方がコストが低くなるし、利益率も高い。
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もう作らなくていい (スコア:3, 興味深い)
もちろん、まだまだ億の人口を抱える中国などもあることはありますが、これまで先進工業国がやってきたのと同じやりかた、同じスピードで、彼らが豊かにはなれないでしょう。環境汚染、廃棄物の問題1つ考えても、そういうことは言えると思います。
かといって、かつてのように戦争などで大量の破壊や殺戮を行い、「出直す」という、資本主義の王道たるやりかたも、そう簡単にできないのは明白です。
日本はここ50年ほど製造業に特化して生きてきた国ですから、ついつい「モノ作りの復権」などと言ってしまいたい、という方は大勢いると思いますし、政府の基本構造も同じような前提に沿って作られています。が、結局、日本中の製造業の現在ある能力をフルに必要とするほどの「モノの需要」はこの世界にはそうそう簡単に起こらないし、起こったとしてもすぐにしぼむしかない。
製造のペースを落とし、なおかつみんなが、それなりの生き方で生きていけるような政策こそ、本当は必要なのだと思いますよ。欧州の一部の国みたいにね。
そういう意味で、今回の議論にも、もっとグローバルな視点と、本来の意味での製造業へのあきらめが欲しいところだな、と、私は感じました。
「日本にはなぜゲーツのようなのが生まれないのか?(つまり、「産みたい」という願望が前提にある)」ではなく、またそういう意志を否定するのでもなく、さらに前に向かって、新しい世界での製造業のありかたそのものが、本当は問われているように思います。現在ある自らを否定することになるかもしれない、そことのところに、実は本質があると思う。この本質にきちんと触れないから、さまざまな議論は出るものの、答えはまるで見えない、ということなんじゃないでしょうか?
もともと、「モノを作る」「生産」というけれども、全くの無から有を作り出すわけではない。価値観の違う、あるいは価値観とは無縁な何かを「加工」して、人間の社会のみに通用する価値のあるものにしているだけ、というのが、人間のやっている「製造」「生産」の本質ですよね。そして、ソフトウエアはこの「生産」を助けるものですよね。
いま一度、この本質に切り込む勇気を持つことが、この問題の解決につながるかと思いますが。
いや、もっと作れ。 (スコア:3, 興味深い)
次に、「日本中の製造業の現在ある能力をフルに必要とするほどのモノの需要はない」というといかにもまことしやかに聞こえますが、「モノ」とはなにかをはっきりさせなければ無意味な言辞だと思います。伝統的な、既に生産性が非常に高くなっている「モノ」、例えば鉄鋼や化学製品についてはそうかもしれませんが、最先端の「モノ」、例えばカーボンナノチューブや燃料電池が、潜在的な需要を満たすだけ、しかも安く作れるかといえば、そうではないと思います。
「モノ」とはいわないのかもしれませんが、ソフトウェアもそういった現在需要の高いもののひとつであるわけです。そのような需要の変化に対応するような構造変化が必要であることが認識されているからこそ、いろいろ議論されているのです。
「欧州の一部の国」のように「製造のペースを落とす」というのは、結局、人々の欲望をおさえて「それなり」に生きるようにさせようということ、つまり需要を抑えるということがいいたいのではないかと思うのですが、そのような選択が必要であるという根拠はありません。
確かに、純粋に物質の量だけを見れば、「消費」を抑える必要はあるかもしれません。しかし、それがすぐに人々の生活を豊かにする「モノ」の需要が低下する必要があるということにはなりません。現在の工業技術は予見されるそれに比べて未だ原始的といってもいい状態にあり、それをより進んだ、効率よく環境にもインパクトの少ない技術に置き換えるだけでも膨大な需要が予見されます。高度なコンピューター技術によるきめ細かな物質の制御もそのような技術のひとつです。
そのような意味で、「製造」の本質は変わってはいないのです。
需要がある、必要だ (スコア:0)
需要があるから、モノを作って売ることができる。需要がないときはモノが売れない。では、モノを作っても売れない、という状況は「需要と供給」の単純な図式では測れないなにか別の原因に由来するのでし
Re:需要がある、必要だ (スコア:0)
安くしたくても出来ない。
大量生産をしてしまっているならば、そう簡単に
ラインを止めたりするわけには行かない。
本当は、現状では必要ない人間が沢山いるが
簡単に解雇することも出来ない。
現実には様々なギャップがある。
Re:需要がある、必要だ (スコア:0)
> 「必要」なものなのであれば、なぜ需要が起きないのでしょうか?
こんなところに「必要」を突
Re:需要がある、必要だ (スコア:0)
そんだけ.
スレッドごと(-1:オフトピック)よろしく
Re:需要がある、必要だ (スコア:0)
Re:需要がある、必要だ (スコア:0)
Re:いや、もっと作れ。 (スコア:0)
それはつまり市場がない、もしくは未熟で採算に合うだけの規模に現状では成長していない、ということです。
北欧など国々の方針は「モノをあふれ続けさせてさえいれば生活は豊かになる」という考えからの脱却を目指し
Re:いや、もっと作れ。 (スコア:0)
ここでの文脈に関係して何が言いたいのかわかりませんが、安く作れるように成長すれば潜在需要はありますよ。
> 北欧など国々の方針は「モノをあふれ続けさせてさえいれば生活は豊かになる」という考えからの脱却を目指している
それを目指している理由が環境破壊や資源枯渇であるというのならその議論は必ずしも成り立たないと
Re:いや、もっと作れ。 (スコア:0)
>最先端の「モノ」、例えばカーボンナノチューブや燃料電池
面白いことに、中国が得意な製造業は、"最先端"から少し遅れてるものだったりするのですよね。
家電やら情報家電は得意でも、重化学や高品位鋼板類などは不得意。
家電の製造でも、ライン製造は得意でも、製造装置の生産は不得意といったところで。
ここから考えられるのは、多分、燃料電池の生産は、量産に入るとともに中国の得意分野になるでしょうが、あいかわらず燃料電池の生産装置の製造は不得意でありつづけるでしょう。
それは、高級工作機械の中国での自給率の低さが物語っています。
中国の製造業の国際競争力
Re:いや、もっと作れ。 (スコア:0)
「今日も残業だ。はよ帰って飯食って寝たいなぁ。」ってところでは?
Re:いや、もっと作れ。 (スコア:0)
日本のライバルは中国でなくアメリカや
ヨーロッパである。でどう?
Re:もう作らなくていい (スコア:2, すばらしい洞察)
「製造業へのあきらめ」が「オープンソース政策についての討論」と関係があるの?
繋がりがさっぱり見えないんだが。
> 「産みたい」という願望が前提にある
そうかね。
ゲイツ三世陛下って、単に金を儲けたひとってだけでしょ?
石油王とか鉄道王と同系統の、「ソフト王」(なんか格好悪)だと思うんだが。
個人としちゃ羨ましくはあるけど、必要とは感じないな。
> 新しい世界での製造業のありかたそのものが、本当は問われているように思います。
ぜんぜん、そうは思えない。
と言うか、問われているのかもしれんが、それはこのトピックとは無関係だろう。
> 全くの無から有を作り出すわけではない。
そんなこと言い出されてもなあ。
「全くの無」って、ディラックの海から電子と陽電子を取り出すことこそが真の創造だと言いたいわけじゃないよね。(それだって怪しいもんだが)
言葉の定義をしたいだけなの?
少なくとも、君の定義によればソフトウェア作成は「製造」「生産」の範疇に入るだろう。
無価値のビット列を、価値あるビット列に「加工」してんだから。
> いま一度、この本質に切り込む勇気を持つことが、この問題の解決につながるかと思いますが。
別にその「本質に切り込む勇気」とやらは否定しないけどさ、この問題と関連あるの?
(思いっきり大局的に見れば無関係じゃないかもしらんが)
我田引水になってないか?
Re:もう作らなくていい (スコア:0)
> に向かって、新しい世界での製造業のありかたそのものが、本当
> は問われているように思います。現在ある自らを否定することに
> なるかもしれない、そことのところに、実は本質があると思う
Re:もう作らなくていい (スコア:0)
わからないことは否定する、わけね。
この人は、多分文系の教育を受けて来た人で
論旨が飛んでるんだよ。
Re:もう作らなくていい (スコア:0)
論理的思考法に優れているとは限らんわな。
そうじゃないヤツを山ほど知ってるし。
Re:もう作らなくていい (スコア:0)
僕は(#353462) じゃないけど、親レスの内容は分からないです。
>かといって、かつてのように戦争などで大量の破壊や殺戮を行い、「出直す」という、
>資本主義の王道たるやりかたも、そう簡単にできないのは明白です。
なんて言ってるけど、「資本主義の王道」なんて全くの
根拠無し、というよりただの言葉遊び。
>日本はここ50年ほど製造業に特化して生きてきた国ですから、ついつい「モノ作りの復権」などと言ってしまいたい、
>という方は大勢いると思いますし、政府の基本構造も同じような前提に沿って作られています。
これも根拠に乏しいです。だいたい
Re:もう作らなくていい (スコア:0)
というより、小論文の書き方を勉強したことがないっていう感じがする。というのも、論理的なつながりが希薄であるだけでなく、定義があいまいで、具体例が皆無だから
ソフトウェアの市場 (スコア:1)
まず米国と比較して日本は狭い市場であり、さらに日本語でまずは作られる ため、世界に出て行きにくい(なぜインドがソフトウェアにおいて優秀な国であるかと言えば、 英語が準標準語である発展途上国であるからでしょう)。 売るものが形のあるものならば言語は大きな問題にはならないが、ソフトウェアは そうではない。
その上、日本には大規模な製造業企業が互いに市場を食い合っている。 そのため、ソフトウェアでは米国と比較して日本は生産性が低い。
SIはともかくとして、OS、ミドルウェアに関してはこの差が大きいのではないでしょうか?
Re:ソフトウェアの市場 (スコア:3, 興味深い)
市場規模自体はそれ程差はないと思います。
米国市場との違いとでいえば、日本はとにかく独自のものを仕様書レベルから作成して、1つ1つ特注することが好まれ、市販のパッケージを流用することはあまりないです。
対して米国は、パッケージで使えるものがあれば、積極的にそれを使って、最小限のカスタマイズで済ませてしまう傾向があると思います。
結果、日本では使い捨てのコードが各企業に退蔵され、死蔵されるだけになります。同じようなコードが流用できず、プログラマーはただただ同じような(しかしちょっとずつ異なる)コードを何度も書かされる羽目に陥ります。
米国では、パッケージを使いやすくする、汎用性を持たせることに、プログラマーの創造性が使われ、コードの再生産も上がりことになります。
日本の生産性の低さは、そういうところにあるのではないでしょうか?
Re:ソフトウェアの市場 (スコア:1)
日本と米国の人口、GNPの差は2倍ぐらい。 ITの市場規模も先端でなければそのぐらい。 新しめのネタだと4~10倍ぐらいでしょう。
日本でパッケージ適用率が低いのは、市場規模が小さいから だと思うのです。狭い市場でベンダが多いので、お客さんの 言うことを聞かないと仕事が取れない。 市場が大きければ、そのパッケージに合うお客さんがいる。 パッケージを適用した方がコストが低くなるし、利益率も高い。
Re:ソフトウェアの市場 (スコア:1)
企業が独自にスクラッチからの作成を発注する金額規模とは2桁以上違いますよ。
私が言ってるパッケージは、例えばこんなの [ariba.co.jp]で、パッケージ価格が数千万~数億円、カスタマイズ に更に数千万円というレベルのものです。
アメリカのパッケージでも、日本でちゃんと使われているものもあります。日本の実状に合わない部分はカスタマイズで対応できるんですよ。
日本での市場規模は小さくないですよ。実際、日本のソフト業界の売り上げの大半は、大~中企業の特注ソフトの作成ですし、ソフトハウスのほとんどはそのような特注案件で食っているんです。
パッケージを使わないのは、各企業がその企業の独自文化から抜け出せないこと、既に作成した独自システムとの互換性を要求すること、出入りのSI業者がパッケージを使われると自分たちの仕事がなくなるから勧めないこと、等々でしょうね。
最近はやっと
>パッケージを適用した方がコストが低くなるし、利益率も高い
ことに日本の企業も気が付いて来て、採用事例が増えつつありますが、残念ながら欧米のパッケージばかりです。
開発を取り巻くエトセトラ(おふとぴ) (スコア:0)
>日本はとにかく独自のものを仕様書レベルから作成して、1つ1つ特注することが好まれ、
このように、ユーザの嗜好性にあるにもかかわらず、それを矯正しないで、なぜか、
>汎用性を持たせることに、プログラマーの創造性が使われ、コードの再生産も上がり
と、プログラムの構造というか提供形態に解決策を求めるということをやることなんだと思います。
それに、汎用化すればいいとパッケージを支持する方はよくおっしゃいますが、標準化できるような機能だけで業務が回るということは、言い換えれば「他社と同じことをして
Re:ソフトウェアの市場 (スコア:0)
>1つ1つ特注することが好まれ、市販のパッケージを流用することはあまりないです。
えっ そうなんですか?失礼ながら、どのくらいの企業数の調査結果ですか?
ウチでは既製品のカスタマイズの方が1から作る案件よりも多くて、
糞パッケ
Re:もう作らなくていい (スコア:1)
安定して、ばらつきの少ない品質の製品を、短い時間で生産するための技術。
製造のためのリソースももちろん重要ですが、生産技術だけは一朝一夕に向上するものではない、重要なノウハウです。
あきらめとか、それなりとか、切り捨てるのはあまりにも偉大な財産の存在を貴方は知らない。
貴方こそが「モノ作りへのあきらめ」などと言ってしまいたいだけなのでは?
Re:もう作らなくていい (スコア:0)
ただね、最近みたいに工場ごと中国に移しちゃうとそうでもないんですよ。あっちの工場を立ち上げるときには日本から生産技術者が行っていろいろ指導するんです。最初は全然駄目。歩留まりも悪いし生産効率も良くない(単純労働者の賃金は安いから、それでもそこそこ安く作れるけど)。そこで生産技術者が張り切って自分の本分を尽くし生産の効率や品質を上げると、全部それがあっちに移ってしまいます。守秘義務もなにもあったもんじゃあない。しばらくして一
Re: もう作らなくていい (スコア:0)
>が、結局、日本中の製造業の現在ある能力をフルに必要とするほどの「モノの需要」はこの世界にはそうそう簡単に起こらないし、起こったとしてもすぐにしぼむしかない。
製造業の終わり、という主張の論拠は見たところここだけかな。需要が無い、と。
それは単にフォーディズム(規格大量生産)の終わりを示すものというのが一般的な見方じゃない?(本当にフォーディズ
Re: もう作らなくていい (スコア:0)
Re: もう作らなくていい (スコア:0)